教育の独立という理念を巡る議論が全く聞こえてきませんが、これでいいのかな?と不思議です。新型コロナ感染拡大防止で学校再開を9月に、という話が知事を中心に降って湧いてきた今日28日(火)、そもそも学校を閉めたり開けたりできる権限は教育委員会(およびその長である教育委員長)が持っているはず。その決定は教育委員の議論を経なければならないというのが政治から教育内容への干渉を防ぐために戦後できた「教育の独立性」を保つ仕組みでした。しかし今では教育委員会の事務局の長である教育長の方が、強い権限を持つようになっています。事務局は全て公務員です。その採用は役所に全て任されており、国民からの付託はありません。教育長の人事権は役所の人事担当者と首長が実質的には握っています。一方で確かに知事や市区町村長などの「首長」は選挙の洗礼を受けているので、強い権力を持っているし、それを行使できるということはわかります。歴史的には、教育の共産化を防ごうとして政府は教育委員会の権限を小さくしていったのですが、すでにそのイデオロギー闘争は終わっています。冷静に「教育を受ける国民の権利と自由」について考え直してみる機会にしてはどうでしょうか。今の教育に「自分の意思で自己と世界のことをよく知ることができる保障ができているか?」と。それを手繰り寄せることができる情報アクセスの仕組みがあるのかどうか。活性化が必要なところがあるように思うのですが、どうなんでしょうか。
教育委員会の存在感なし、でいいんですか
2020/04/28