自立、という概念は、簡単にいうと「自分一人でできるようになる」という意味です。当園のクラスの名前は、この子どもの発達の姿を表しています。ちいさなちいさなちっち組、おおきくのびるぐんぐん組、のように、その年の特徴を表しているのですが、年長組は、なんでもしようすいすい組です。このように乳幼児の発達の特徴というのは、おおむね自立と言ってもよく、そのプロセスが表現されているようにも思えてきます。
この短期の連載で取り上げている「自立の姿」は、だいたい満3歳になる頃のことを想定しています。満3歳というのは、昔から三つ子の魂百までというように、その子どもらしさの本質がしっかりと輪郭を示してくる時期だからです。今日のテーマは食事の自立ですが、その姿はこんな感じです。
「自分の食べられる適量がわかってきて、食べこぼさずに食べ、自分でごちそうさま、ができる」
この中には、いただきます、まで待つことができ、食べ物を見て自分で好き嫌いや、食べられそうな量がわかり、食具を使って食べ物を上手に口に運び、咀嚼と嚥下がすっかり上手になっており、満腹感を覚えて、おしまいにできるということです。このように食べることの自立には、こんなにたくさんのことが含まれているのですが、ここに至るまでには、生まれてすぐの授乳のころから、徐々にいろんな力が身についてきて、こうなっていきます。
生まれてすぐの赤ちゃんは、教えてもらわなくても、お母さんのおっぱいを吸啜し、ごくごくと飲み続けます。どれくらい飲んだのか、お母さんもはっきりはわからないのですが、満足すると、プイと飲むのをやめます。まずこの頃から初めと終わりは自立しているのです。自分で満足するまで飲むという味への好みと量への判断がしっかりと行われています。このイメージを基本に据えると、おっぱいの代わりに哺乳瓶になり、乳から離れて食事へ移行する「離乳食」になり、そこから幼児食へと移行していきます。
この食べ物の中身については、ここでは触れませんが、摂食行動の自立について、ごくごく簡単に触れておくと、乳を飲むから食べる、つまり唇と歯と舌を上手に動かし、食べ物を口先から口腔内で部分的に移動させつつ、ごっくんと飲み込む嚥下まで、一連のなめらかな流れを習得していきます。上唇をスプーンに「アム」と挟むように下ろして、食べ物を下の歯の内側へ取り込むような動きになっているかどうか、私たちはスプーンでの食べさせ方も配慮しています。
食事への意欲を自立の姿に結びつけるには、いくつかのポイントがあります。それは入園見学の時にも説明していますが、目の前にある食べ物を食べたくて手が出やすい姿勢を作ってあげることです。肘がテーブルの角に当たらず抜けるように、椅子の高さを調整します。テーブルと口元の距離を、肘が抜けるように調整します。肘が直角になるようにします。そのためには、座る座面の高さを合わせ、それに従って膝が直角になり、足の裏が踵からペタンとつくように、足おきの高さを合わせます。
この姿勢には4つの直角があります。肘の角度、お腹と膝で作る角度、膝の角度、踵の角度のいずれもが90度になるようにしてあげるのです。すると姿勢が良く、手がフリーになって、手づかみ食べがしやすくなります。手づかみで食べることは大切な行為です。手で握り、摘み、自分の口に入れることができるようになるまでに、いっぱい、食べこぼします。口に入らずに、ほっぺたに擦りつけたり、床に落ちたりします。大抵、これを防ぐために、家庭では匙で口へ運んであげることが多いでしょう。保育園では、この手づかみ食べをします。
ずいぶん昔ですが、ドイツの食事風景を視察した時に、手づかみ食べをしている赤ちゃんが、食べ物をこぼしている様子を見せて、その園の園長先生は藤森統括園長に「これがこの子たちの大切な仕事です」と説明したそうです。日本でも厚生労働省は手づかみ食べを奨励しています。このような時期を経て、食具もうまく使えるようになっていき、2歳児クラスで、自分の食べるものを選び、自分で食べられる適量を知っていくことになります。
子どもの味への好悪は、哺乳類として持っている味覚への好みと、個人差としての好みを分けて考えてあげることが大事です。誰でも人間なら持っている味覚への好みは、遺伝で持っているものです。すぐにエネルギー源になる炭水化物系の甘いもの、タンパク質の素であるアミノ酸が含まれている旨味、体液も血液も必須ミネラルである体が欲する塩分を好む塩味、腐れているかもしれないと避けようとする酸味、毒があるかもしれないと避けようとする苦味。この甘塩酸苦と旨味は、先天的な味覚の反応なので、子どもが甘いものや旨味のあるものを好み、酸っぱいトマトや苦いピーマンや人参を嫌うのは当たり前だということです。
なんでも食べるようにしたいのなら、美味しい料理にすることです。子どもにとっての美味しさは、この甘塩酸苦と旨味をいかす味にすることです。先日、タイ料理が出ましたが、ちょっと酸っぱいスープは苦手でした。そして、美味しいと感じるのは、個性としての味覚の敏感さ、過敏さにも配慮が必要です。子どもによっては、ちょっとした質感や匂いが苦手であるということがあります。これらの個人差も受け止めてあげなら、自分で自分の好悪を知り、適量を食べられるようにしてあげると、自分でいただきます、とご馳走様ができるようになっていくのです。
よくかんで食べるようにさせたい時は、食べることに集中するといいのですが、よく噛むと味が変わる、美味しいと思える、そういう経験があると、「これはどんな味なんだろう」から「これ、美味しいんだよね」と期待になり、噛めば噛むほど美味しいという経験になるといいのですが、そのためには、ある程度の硬さが必要になります。現代の食事は、どちらかというと、なんでも柔らかいものが好まれるようになってきているので、給食では時々は意識して、硬いものを出すようにしています。
箸の持ち方、使い方、三角食べ、頬張ったままおしゃべりしない、などのマナーは、ごっこ遊びの中で、意識するようにしています。食べている時に、とやかくしつけを言うのは、食事が楽しくなくなるからです。別の機会にしっかりと教えて、できている時に褒める、それが何事にも応用できる基本になります。