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保育アーカイブ

区主催の園見学会に参加

2019/06/03

■千代田区主催の保育園見学会

今日3日は午前中、千代田区立四番町保育園を主任と2人で見学してきました。市ヶ谷駅からすぐの、以前、日本テレビがあった場所です。3階建ての園舎に約100人の子どもたちが生活していました。見学者は千代田区内の園の主任や看護師などリーダー格の職員が全部で8人、案内は四番町保育園の園長先生が、直接なさって下さいました。
区が主催するこの見学会は、お互いに園を見合うことで、見学者がよいと思ったところを吸収しあったり、情報交換したりできます。これを積み重ねれば、知り合いも増えて区内に保育者ネットワークができていくかもしれないので、一年を通して十数回ある機会はすべて申し込みました。
■仮園舎とは思えない建物
今日はその1回目。いろいろな感想を持ちましたが驚いたのは、この園舎が仮園舎だったと言うことです。古くなった園舎を建て替えるために、この仮園舎を新たに建て、昨年3月から新園舎ができるまで(平成34年度中、つまり令和4年度中)の5年間を、ここで保育し続けます。仮園舎の建設まで含めたら、ざっと10年計画です。本来の園舎設立計画とは、これぐらいの時間と資金がかかるものなのでしょう。
■屋上が園庭に
参考になったものの一つは、屋上です。仮園舎だからなのか、園庭がありません。そのかわり屋上に芝生と砂場とプールがあります。屋上の広さは4〜5倍あるので、同じことは出来ませんが、こんな素材ならこうできるという参考になりました。
■保育参観は変装して
明日から保育参観ですが、「子どもに見つからないように見てもらう」という配慮は同じでした。ただ「変装セットも用意」しているそうですが、実物を見ることができませんでしたが、どんなものかと言うとメガネやマスクや帽子などだそうです。部屋にいても誰かわからないようにしてみてもらっているそうです。参考にしてみてください。

研修会の講義を終えて

2019/06/02

6月1日
■保育士向けキャリアアップ研修会
幼児教育の意義と保育内容について、昨日1日、島根県江津市の先生たちに話してきました。午前中2時間、午後3時間でしたが、始める前は長いなぁと思った5時間も、実際にやってみると足りなくなってしまいました。新しくなった保育所保育指針の改定内容を、本当によく納得するには、その前提となっている考え方や枠組みも理解しておく必要があるからです。
■日常感覚でとらえる言葉に一度は置き換える
例えば、「心情・意欲・態度を育て、学びに向かう力、人間性等」という目標概念が新しくできたのですが、これをきちんと説明しきるだけでも、1時間ぐらいかかるからです。これを作った「学識経験者」たちは、日本の学校教育(幼児教育から後期中等教育まで )全体に、辻褄が合うように一貫性のある体系化を試みました。なるほど、だからそうなったのか、と受け止めるためには、ある程度の時間が必要です。しかも、どうしてそのようになっているのかを、私たちの日常的な感覚に結びつけて納得してもらうためには、わかりやすい例えや、具体的な実践事例を通して、頭の中につながりを作っていく必要がありました。
■日本語を英語や対立語でとらえる
今週1週間のニュースダイジェストを見ていたら、新しい元号の令和を、トランプ大統領は演説の中でビューティフル・ハーモニーと、使っていました。これは外務省が公式に令和をそう訳したからでしたね。
よく知っている日本語の言葉であっても、それを英語にしてみたり、反対の意味や対となる言葉を並べてみると、新しい語感や意味を感じるときがあります。昨日の講義のなかでも、いくつかありました。少し、紹介します。
■道徳の英語は・・
例えば、教育には「道徳」と言う言葉がよく出てきます。英語で言えばセンス・オブ・モラリティーです。「あー、倫理感の事なんだなぁ」と一度、シンプルな意味から組み立て直した方が、自分の言葉で考えやすくなります。
「自立」と言う言葉も教育や子育ての中で大切な概念ですが、英語で言えばインデペンデント、反対言葉は「依存」ディペンデントです。
日本語では同じジリツという発音になる「自律」の方は、セルフコントロール(自己コントロール)あるいは、オートノミーですから、いちど英語にしてみると「自立」とはかなり距離のある概念だということがわかってきます。反対は「他律」で英語はペテロノミーとなります。
■自分からやるか、言われてやるか
自分で自分のことができることと、やってもらったり言われてできる事は、結果は同じように見えても育ちの視点から見れば、大きな差があることに気づきます。自律で、できるようになっていくのか、それとも他律でできるようになっていくのか。主体的に生きるためには、自律的に自立することが先なんですが、その育ちの過程では、いま自立している大人の人も、例外なく依存と他律の時期が幼児期にはあったことになります。
■「ひきこもり」の反対は自発性
精神的な自立、社会的な自立、経済的な自立、それらを混同してしまって、一言で「ひきこもり」と言ってしまう日本語の粗雑さに、もっと敏感でありたいと思うニュースが溢れてしまいました。
ひきこもりの英語は、ソーシャル・ウィズドローです。withdrawalの反対語は発達心理学的に考えれば、自発性や自主性です。これも就学前の幼児期に獲得する発達課題といえます。社会的事件には常に当事者たちの教育成果が何割か含まれています。それを相関関係があったかなかったかまで、要因分析する事は難しいのですが、人の一般的な心の発達原理を再確認することはできます。
■私たちの判断の元となる言葉も再吟味
的確な判断に至るには、それを私たちが無意識に使っている概念(言葉)について、自ら吟味しながら考え直すことも必要です。それは日本保育学会に参加したときの日記にも書きました。
昨日は、このような概念整理をしながら、一つ一つ、幼児教育の目的、目標、ねらい及び内容について、その根拠となっている法令まで遡り、そして子どもを理解するために、新しく導入された枠組み(乳児の3つの視点、幼児の10の姿)と、従来からある教育の5領域の関係や繋がりを、再確認しました。決して楽しいとは言えないテーマですが、私たち保育士が日本で働くからには、避けて通ることができないものです。

神話の故郷島根で、人と自然の関係を考える

2019/05/31

■豊かな自然が目の前に広がる
畑の耕運機の周りを何羽も鳥が飛び交っています。凄い!と思ってシャッターを切ったら、目の前の高校生2人が目を覚まして同時に顔を上げました。私が撮っているものが、それだと分かると、すぐまた夢の中にもどっていきました。「悪かったね、起こしちゃって」。そう心で呟いて、またシャッターを数枚だけ切りましたが、2人は、もう起きません。
(「疲れたぁ」と笑っていた2人。約1時間30分の移動、お疲れさま!)
自然豊かな田舎の風景が、延々と続いています。眺めているだけで、目が健康になりそうです。山、川、海、鳥、花、何でもあります。だけど人があまりいないのは、しょうがないかなぁ。ここは島根県の中央部。J R 山陰本線アクアライナーがもうすぐ江津市に着きます。明日6月1日に、保育士向け「キャリアアップ研修会」で5時間の講義が待っているのです。
■自然に魅せられた大人が子どもの傍らにいる大切さ
講義のテーマは、幼児教育の意義と保育内容です。その中に、教育の5領域「環境」があります。一般に自然が少ないと思われている千代田区の子どもたちも、少ないながらに、生き物に好奇心や探究心を持って関わり始めています。
ただ大人になっても、どうやったらその自然環境を生活に取り入れ続けることができるのか、そんなことを考えている時、目の前に鳥たちが現れたのでした。こんなにすごい自然が目の前に展開されているのに、運動部の少女たちは、いつも見慣れた風景だからでしょうか、それには関心がないようです。後でわかったのですが、今日は高体連の大会が開かれていたそうです。それはそれで素晴らしいことです。
いくら環境が豊かであっても、関わりがなければ経験になりません。その経験の質が、教育の質にダイレクトに関わります。まずは心揺さぶられる体験がなければ、好奇心も探究心も生まれようがありません。
私にとって、今日の出来事は、象徴的でした。そして、次のような強いインスピレーションを与えました。
・・・人間の心は人と人の間で成長する。子供にとって、自然に感動している大人がそばにいなければ、子どもはその自然に共感し続けることができないのではないか。・・・
人と自然の関係は日本の場合、縄文時代から「里山文化」と言う形で、バランスをとってきました。その精神文化が、国づくり神話を生んだ、ここ島根には息づいています。それが千代田区の神田祭までつながっていることに思いあたり、5領域「環境」の、次の趣旨が新しいイメージを持って迫ってきたのでした。
「周囲の様々な環境に好奇心や探究心をもって関わり、それらを生活の中に取り入れていこうとする力を育む」

(巻頭言)子どもの心の世界を見つめながら

2019/05/30

園だより6月号「巻頭言」
 雨がやんで日差しがのぞいた昨日の朝、ちっち組がバギーで散歩に行くことになった時のことです。先生が「ちっちさん、散歩に行こう」というと、何人かがその気になって赤いドアの方へ向かいます。廊下を過ぎても玄関へ向かわず、階段を登るのが楽しくなって、四つん這いで登り始める子もいました。先生が「そっちじゃなくて、お散歩に行こうよ」というと、止まって振り向きます。でも、先生が近づくと安心したのか、また階段を登り始めます。2階まで登った後、立って降りるのはまだできないから、結局、玄関まで抱っこしましたが、この間の子どもを「見守る」中に、育ちを保障するための大切な時間が流れていました。

お散歩に行こうよ、という「保育者の願い」と「こっちに行ってみたいもん」という子どもの願いが、柔らかく行き交っていました。ちっちさんは言葉ではなく、目配りや表情や仕草でそれを伝えています。先生は言葉で言ってもわからないだろう、なんて素ぶりは全くなく、穏やかな雰囲気の中で「あれ、そっちにいくの?」と、赤ちゃんの気持ちに寄り添いながら、外へ誘うタイミングを見計らっています。そんなことがしたいのね、と認めながら、ゆったりとした気持ちで接しています。0歳の赤ちゃんにも、もちろん人間としての尊厳があり、その意思や気持ちを尊重しながら、生活を作り上げていく。こんな時間が流れる日常になってきたんだなあ、と思うと、感慨深いものがあります。子どもたちの心が、だいぶ落ち着いてきたようです。

 ちっちやぐんぐんさんは、私と目線を合わせて手を振ると、手を振って返してくれることが増えました。こうして言葉にならないうちから、赤ちゃんとの「心の通い合い」と「挨拶」が成立していきます。挨拶は心を通わせることが大切だと思うので、いろんな心の通わせ方が、いろんな形の挨拶を生んでいます。
にこにこ組の子は、顔を見るとおもちゃを渡しに来たり、手を振るとちょっとだけ手をあげて「やあ」とやってくれたりします。幼児になると、やりたいことを一緒にやりたがります。「挨拶」と「一緒に遊ぼう」が一瞬で融合します。挨拶なんて、どこへやら、親御さんはハラハラかもしれませんね。でも、子どもの気落ちは分かっていますから大丈夫です。先日も子どもから「園長先生さようなら」と言われた時、「もっといてほしい」という気持ちが届いたので、少し遊びました。

ここに述べたことは、私と子どもたちとの関係ですが、園生活が始まって2ヶ月がたち、親子の関係、先生と子どもの関係が上手にバランスをとりながら、一人ずつの子どもの心の居場所が広がってきたようです。意欲的な姿を大切にしながら、子どもの「やりたい」の向うに目線を送りながら、人と物と空間の環境を整え、発展させていきたいと思います。

 園外保育、暑さ対策、水遊びの場所作り、交通環境の改善、隣のビルの解体、心痛む悲惨な事故報道など、色々なことが子どもを取り巻く環境にはありますが、子どもの心の世界をしっかり見つめていきたいと思います。

涼しい地下道から秋葉原公園へ

2019/05/27

■汗を上手にかく身体に
汗をかける夏モードの体に。猛暑日が続く異常気象の中で、「まだ体が冬モードで汗をかきにくい体のままでは熱中症になりやすい」とニュースで注意を促しています。
夏モードの体にするには、歩いてうっすらと汗をかくくらいの有酸素運動をしたり、毎日お風呂に入って汗をかくなどが有効だそうです。
でも、子どもはまだ十分に汗をかく機能が発達していないので、熱が身体に溜まりやすく、暑過ぎる日に外にでるのは危険です。環境庁が毎日、刻々と公表している「暑さ指数」(WBGT)を参照しながら、外遊びの可否、散歩先の選定をします。
■涼しい地下道を歩いて
今日のように暑い日は、午前中でも長く外を歩くのは危険です。予定の美倉橋東公園への散歩を変更して、冷房の効いた地下鉄の地下道を散歩しました。和泉橋を渡り、日比谷線の5番出入口から地下へ。「さあ、ここからは一本橋だよ」と小林先生が言うと、2人で繋いでいた手を離して一列で階段を降りていきます。
書泉ブックセンターの交差点の横断歩道は渡りたくありません、地下が安全です。地下道の壁に「スイミー」を発見。その「まとまると強い」というメッセージを見て「わらすのみんなが、まとまって歩くと車に強いって、坪井先生が言ってたよ」という話に。
バス遠足が雨になったら、上野の科学博物館に行く計画もあるので、今日は乗り降りの練習も兼ねてエレベーターに乗ってみました。乗ったら跳ばない、ドアを触らないなどのルールを上手に守って、地上へでます。
■秋葉原公園で初めて遊ぶ
幸いなことに、秋葉原公園は人がいません。通勤ラッシュの時間でもなく、月曜日の午前中、しかもこの暑さ。自転車もほとんど通りません。子どもたちは、木陰でお茶を飲んで休憩した後、自然とちょっと、鬼ごっこぽく走ったり、花壇でてんとう虫やモンシロチョウを見つけたり、植木の囲い棒に座って休んだりしました。
また、一つ、地域の居場所が見つかりました。子どもたちの集団行動スキルは、どんどん向上しています。

親子遠足こぼれ話し

2019/05/26

■果樹園
「ここに果樹園があるよ」。遠足のルート探しの時のこと。表札屋さんの店主が通りに出てきて教えてくれたとき、内心「やった〜、やっぱり歩いて探せば、おいしいスポットがあるじゃない!」と思い、「どこだろう?こんなところに、果樹園が」と、小林、遠藤、牧野、私の4人は、あたりをキョロキョロ。件の店主は、どこみてんのさ、といった風に「これ、これ」。私たちが立っている目の前の木を指差して「これが甘夏、巨峰、そして・・」と説明してくれた。「もっと早く来れば、下の方にいっぱいなってたんだけどなぁ」と、キョロキョロと気づかない私たちの方が、もしかしてイケナイ?かな、とチラリと感じてしまい「ああ、これが果樹園ですねー」と、いいもの見タァ!感をメいっぱい出して「あー、なるほど、そういうことですね〜」って店主のユーモアに笑って感心してました。しばらくして、牧野先生が小さい声で「園長先生、ブドウって言っちゃ、ダメですよ」、と言ってくる。「ブドウがあるなんて、楽しいなぁ」っていったら即「巨峰」って修正されたらしい。笑。ダイジですね、そういうことろ。失礼しましたぁ!
■リバーサイド万世橋
万世橋警察署の中を貸してもらえるかどうか。「貸してもらえたら、すごいよねー」と、係とハシャイでいたときは「ダメ元で聞くだけ聞くか」と電話してみたら、あっけなくOKが出て、ちょっと拍子抜けしたぐらい。
聞いてみなければわからないことは、それに留まりません。ピーポ君はてっきり「ピーポーピーポー」の音が由来だと思い込んでいたら違うというし、(確かにあの音は救急車なんだから、消防署でしょ。答えは、ピープル・ポリスの略です)警察版ゆるキャラ・マスコットは、47都道府県別に全部あると言うし、びっくり!その名前もまた謎です!!
さらに聞いて「へーっ!」って思ったのは、警察署の各階フロア案内版に「リバーサイド万世橋」の文字が上部階に並んでいます。実はこれ「住宅フロア」なんだと。警察署の上が住宅。これは絶対泥棒に入れられない究極の安全地帯。どんな人が住んでいるんでしょう。興味津々です。この話、私は知っていたので、一緒に行った先生に聞いても「えっ〜?なんだろう?」と思いつかない様子。正解を警部補に教えてもらうと、住んでいるのは警察署職員だと。なーんだ、独身男性警察官の宿舎ってことかぁ。ちょっと、私の早合点でした。

親子遠足で生き生きと輝いた人と街

2019/05/25

5月25日親子遠足
保育園ができる前から何度も歩いたこの地域が、同じ地域なのに、私には人と街が生き生きと輝いて見えた一日でした。以前と受ける印象が全く違いました。モウモウとタバコの煙が立ち上ってた喫煙所が親子遠足のスタート地点になり、万世橋警察署の玄関ホールが休憩所に変わり、馬の水飲み場が涼を取る場所となり、和泉公園が弁当を広げ、親子触れ合いレクを楽しむ場所になりました。秋葉原で保育ができるんだろうかと考えていた時期が、嘘のようです。やってみれば楽しいものでした。皆さんはいかがでしたでしょうか。地域の再発見と先生や保護者の皆さん同士の親睦の機会に、多少なりともなったでしょうか。体調を崩して参加できなかったご家庭もあり残念でしたが、また楽しい行事を用意しますから、楽しみにしてください。
今日は暑いなか、お疲れさまでした。今日、明日とゆっくり休んで疲れをとってください。月曜日、また元気にお会いしましょう。
 
■ファミリーバザールの会場が、こんなに混んでいるとは!「初日の午前中は大丈夫でしょう」の言葉を信じたのが大間違いでしたね。ごめんなさい!事情をよくご存知の方に教えてもらうようにしなきゃ。これが反省の一つです。
■たっぷりとのんびりの2コースを選んでもらいましたが、今日のように暑い日は、短いルートにするといった用意をするべきでした。
■神田リバーサイドプロジェクトとの連携を強化して、フェリーでの親子遠足をやってみたいと思いました。フェリーでどこかへ出かけて、フェリーで戻って来れたら最高ですね。

ルールは守るといいことがある

2019/05/23

■ルールは守ればいいことがある

「いいですか、大人になったらね、自動車に乗って自由にいろんな所に行けるんだよ。でもね、守らないといけないことがあるんだけど、それはなんだと思う?これをちゃんと守れば、自動車で行きたい所に行くことができるんだけど」
こんな話を昔、子どもたちにしたことがあります。
「それはね、信号を守ることです。青信号は進め、赤信号は止まれ、だよね」
子供たちは、うんうんと納得します。交通安全指導の話ではありません。ルールを守れば、やりたいことが実現すると言うことを伝えるための話です。やりたいことをやるには、お友達のやりたいこともできるようにする必要があります。そのためにルールというものがあることをわかってほしいからです。ルールはどこからか勝手にできるものではなく、それを守ることで良いことがあると言う経験が必要です。
■「ルールは守ればいいことがある」が嘘にならないように
この話を思い出したのは、信号を守らない交通事故が後を絶たないからです。子どもに「青信号は進め」とだけ教えるとはできません。昔から「青信号でも、本当に車が来ていないか、右左をよく見てから渡ろう」でしたが、今はその切実さが違います。
さらには、赤信号だからと歩道で待っていても、事故に遭うとしたら、どうしたらいいのでしょう。柳原通り全てとはいいませんが、せめて園のまえや、車が侵入してくる交差点のそばにはガードレールを付けて欲しい。ヒューマンエラーのリスク削減の原則は、意識改善ではたりず、物理的な改善が必要だからです。

東京都の行政説明会(5月22日)

 

交通事故で子どもや親が巻き込まれて死亡する事案が相次いだことから、東京都が危険箇所の再点検に乗り出しました。そこで、警察署と千代田区に保育園から改めて要望書を出すことにしました。「ルールを守ればいいことがある」と教えられることが、続きますように。

初めての区の情報連絡会

2019/05/15

■あと5年は人口が増えていく
「あと5年は人口が増えると予想して保育園を整備していく予定です」。千代田区のこども部長が、こんな見通しを今日、語りました。待機児童を出さないという大方針の元で、保育園を毎年開園している千代田区ですが、すでにこんなにたくさんの保育園があるということを再認識しました。現在、区内には、認可保育園は公立4園、私立11園、こども園2園、認定こども園1園、幼保一体施設4園、事業所内保育所2園、小規模1園あります。この25の全ての保育園園長が集まって情報交換する会合があったのです。年2回予定されているこの会合に、事務長と2人で初めて参加し、「よろしくお願いします」と挨拶してきました。
■園長会はなくても区のイニシアチブに期待
区には、まだ園長会がありません。情報交換会ですから、団体としての意思決定機能が何もありません。その状況が課題だという雰囲気もない、区主導の会合でした。ただ、必ずしも園長会がないこと自体が、問題とも思いません。単に組織の維持のための活動に時間を取られ、園運営がおろそかになるよりはよっぽどマシだからです。区には保育の質も量もイニシアチブを発揮していただき、望ましい理念構築をリードしてほしいものです。
■園生活の中のリスクを整理
情報交換会の後で、講師の講演による研修会も開かれました。園の生活の中には子どもの命をうしなったり、後遺症が残るような重大事故があってはなりません。そのリスクをできるだけなくすために、ソフトウェア、ハードウェア、環境、人の意識と言う4つの要素を点検し直す必要があります。過去の重大事項には、睡眠、食事、遊びの中で起きています。今日はその再確認をしました。
■散歩のリスクを考える
滋賀・大津市の園児2人が死亡した自動車事故から1週間、今日の会合でも、千代田区の地図をテーブルに広げて、散歩で危険な交差点を出し合いました。ちょうどその頃、砂場に突っ込んだ車から園児を守ろうと保育士が大怪我をしたと言うニュースが飛び込んできました。
実は高齢者の操作ミスによる自動車事故は毎日のように起きていて、そのうち報道されるニュースは、死亡事故や子どもが巻き込まれた事件だと言うことを忘れてはいけません。ある年齢を超えたら、自動ブレーキの装着を義務化すべきではないでしょうか。あとどれだけの犠牲を積み重ねて世論を高めなければ、法制化できないのでしょうか。
■一刻も早く自動ブレーキの義務化を
池袋の事故は、大通りの青信号でも油断できないこと、大津市の事故は歩道で待っていても油断できないこと、そして今日の市原市の事故は駐車場の出入り口は油断できないこと、などを物語っています。次は何が油断できないことになるのでしょうか。そばに自動車が走っている限り、どんな場所でもヒヤリハットの対象になってしまいます。リスクマネジメント学の王道から考えれば、危ない場所を探す対症療法で問題を先延ばしするのではなく、ヒューマンエラーの発生源を物理的に押さえ込むことが大切なリスク軽減策である事は間違いないはずです。

皆さんもこんなこと考えること、あるでしょ?

2019/05/14

■振り返る時間があることへの感謝

毎日、1日を振り返りながら、自分の行いを反省する時間があることに感謝する気持ちになります。振り返り。簡単な言葉ですが、その時何を感じ、思い返し、気づくことができるのか。1日を振り返ったとき、いろんなことに気づきますが、ありがたいことに、自分の有り様に気づける時は本当に「ありがたいなぁ」と思えます。どんな自分に気づいたのかということは、恥ずかしいのでここでは言いませんが、同時にいつも、こんなことを考えます。
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「こんな複雑な生き方をしなければならなくなった人間て、一体何なんだろう」
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そして、最近また、こう思うようになりました。
自分が「自分の有り様に気づける事がありがたいと思えると言う事は、自分がなぜだかわからないけど『よりよく生きようとしている』と言うことに他ならないんじゃないか」と。
実際のところ、どうして人がよりよく生きようとしているのでしょうか。どんな行動にも、どんな感性にも、どんな言葉にも、その裏側には、「よりよく生きようとしていた自分」と言うものがある。それに気づき、信じることができれば、自信をなくす必要など全くないのではないか。そのことを皆さんに強く伝えたいと言う気持ちになります。子育てに間違いなんかないんですよ。一言で言うと、あなたの今のその存在がそのままで大丈夫ですよ、と言うことです。
■善さを探求した村井実という人
人は、なぜだかわからないけれど、よりよく生きようとしている。このことを哲学的に突き詰めて考えた人に、村井実という人がいました。私の世界観に大きな影響を与えた方で、今でもブーメランのように影響を与え続けている哲学者です。若い頃はよくわからなかったけど、こうして歳をとってくると「すごい人だったんだなぁ」とわかる人がいるものです。皆さんも、機会があったら、ぜひ村井実の思索のプロセスに付き合ってみてください。人の生き方の本質が見えてきます。
■気づけることが幸せなこと
今日、どうしてこんな話になったのかと言うと、ある方と「徳とはなにか」について、夕方から話をしたからです。その人は、ある会社の社長さんですが、純粋に生きている方です。いつも物事を真正面から捉えて言葉にする人なのですが、生きていく中で、自分が思い込みすぎていたことに気づく瞬間と言うものがあるよね、というテーマになっていったのです。
そして結論は、「そういう気づきができるというのは、幸せなことなんじゃないか」ということになりました。
■等身大の私
今日はこんな主観的な思いをつらつらと、園長としての日記に書き連ねる意味があるかどうか、自分でもわかりません。でも、そんな悩める人間が、園長をやっているという等身大のリアリティーを理解していただけたらありがたいです。「皆さんもそんなことってあるでしょ」と言うことです。
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