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2021年 10月

オンライン・コーヒータイム(10月16日)午前10時〜11時

2021/10/11

コロナになって開くことができなくなっていた茶話会「コーヒータイム」ですが、今月からオンラインで開くことになりました。第1回のコーヒータイムは、運動の秋にちなみ、鬼ごっこ協会の羽崎貴雄さんをゲストにお招きします。当園の、第一回目の「親子運動遊びの会」で、鬼ごっこをご紹介していただいた方ですので、ご存知の方も多いと思います。

ぜひ、ぶらりとお気軽にお立ち寄りください。

https://us02web.zoom.us/j/85428286114?pwd=aUVJM2x5ck80UWVGRjl5bEZrZVNyQT09

ミーティングID: 854 2828 6114
パスコード: 610452

学びの秋 その2

2021/10/09

先日7日の園内研修に続き、今日9日は藤森統括園長を囲んで、STEM保育について学びました。

10年後というのは2030年のことを指すのですが、それまでに急いで取り組む必要のある「地球温暖化防止」や「格差是正」に失敗すると、今の子どもたちが大きなツケを払わされる世界になってしまうことを意味します。従って、まずは大人が、政治が「正しい選択」をする必要があります。しかし、その実行が、なかなか難しい。

それでも一昨日7日(木)午後10時41分の地震のように(他にも、実際に起きた10年前の東日本大震災や、2050年までに70%の確率で起きると言われている「首都直下型地震」のように)、世界を揺るがすような大きな変化が待ち受けていて(変動性=Volatility)、それがいつくるのか不確実で(不確実性=Uncertainty)、それは単純なものではなく(複雑性Complexity)、合意を得ることが難しいような曖昧さ(Anbiguity)が付き纏います。こんな世界の特徴をVUCA(ブーカ)というのは9月1日に述べました。

今日の勉強会は、この話が大前提になります。そんな時代にはならないよ、と考えるなら、以下の話はいりません。でも残念ながら現実の世界はそんな時代になるのです。そんなに遠くの話ではありません。園児たちが中学生や高校生になる頃の話です。私の実感では、それはあっという間に来ます。そうした世界が待っていることが確実な中で、どんな力をつけておく必要があるのか?ということを考えました。

藤森先生の話は、まずなぜ、OECDが「2030年に向けた教育プラン」を打ち出したのか?ということから始まりました。きっかけは、日本の東日本大震災の教訓です。その一つが「釜石の奇跡」です。

消防庁のホームページによると「岩手県の釜石市では、約1,300人もの人が亡くなったり行方がわからなくなったりしました。大槌湾に面した鵜住居地区も、津波で壊滅状態となりました。しかし、この地区の鵜住居小学校と釜石東中学校にいた児童・生徒約570人は、全員無事に避難することができました。これは「釜石の奇跡」とよばれています。」として、音声読み上げ機能もつけて、詳しく説明されています。

https://www.fdma.go.jp/relocation/e-college/ippan/cat/cat1/cat/post-12.html

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では、児童・生徒は、どのようにして無事に避難することができたのでしょうか。

(1)鵜住居小学校では、地震直後、まず校舎の3階に児童が集まりました。ところが、3階に集まり始めたころ、
(2)隣の釜石東中学校では生徒が校庭に駆け出していました。
(3)これを見た小学校の児童は、日ごろから釜石東中学校と行っていた合同訓練を思い出し、自らの判断で校庭に駆け出しました。その後、児童・生徒は約500m先の高台にあるグループホーム「ございしょの里」まで避難しましたが、建物の裏の崖が崩れるのを見た生徒が教師にもっと高いところに避難しようと伝え、
(4)さらに高台の介護福祉施設「やまざき機能訓練デイサービスセンター」まで避難しました。
(5)このあと、津波が堤防を越えたという消防団員や地域の人の声に反応し、子どもたちはさらに高台の石材店までかけのぼりました。
(6)このあと学校やまちは津波にのまれてしまいましたが、児童・生徒は全員、無事に避難することができました。

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なぜ、こんなことができたのでしょうか。

どんな力の差が、子どもたちの生死を分けたのでしょうか。

どんな防災教育が功を奏したのでしょう。

ホームページには、大きな文字で以下のようにまとめてあります。

さらに、その三原則とはこの3つです。

この教訓を、ブーカの世界に立ち向かうための教育に取り入れたのが、OECDの「ラーニングフレーム2030」だと、いわれているそうです。ちょうど7日の園内研修で取り上げたものです。ただし、このモデルは、教員が主導して行う教育モデルに近いので、子ども主体の学びに転換させる必要があります。

その参考になるのは、シンガポールの教育改革です。さらにこれを突き詰めていくと、STEM保育の必要性につながっていくのです。その内容は別の機会に触れるかもしれませんが、今日は、そのポイントを整理しました。

藤森先生は来月、北京で幼児のアクティブ・ラーニングについて講演します。藤森先生に講演を依頼したのは、佐藤学先生と秋田喜代美先生です。

保育において、想定や思い込みにとらわれず、現状に甘んじないで、各自が当事者として率先して行動できるかどうか?

子どもにはクリティカルシンキングが必要なこと、見通しを持って最善を尽くそうとすること、自ら考えて実行する力を持つこと。こんなことができるように、さて、乳幼児からの保育は何をどうしたらいいのか。

今日の勉強会で、絞り込んでいって最後に残ったキーワードは、真鍋淑郎さんと同じ「好奇心」でした。

 

 

浜町公園で見えた子どもたちの成長

2021/10/08

久しぶりに遊んだ「浜町公園」で、わい、らん、すいの子どもたちの素敵な姿をみました。

まず、自分たちで鬼ごっこが始まりました。これまでの積み重ねの成果ですね。

先生が相手をしなくても、自分たちでルールをアレンジして遊んでいます。

走り回るだけでも楽しそうな子もいます。

たくさんある遊具も、それぞれが好きなことを選んでいます。

鉄棒、ブランコ、大型アスレティック遊具(滑り台、クライミング、雲梯、トンネル)、大きな築山、雑木林・・

虫好きの子たちがトンボを捕まえたのですが、虫かごに入れて大事そうに持ち歩いている子もいます。

帰る時間なると「保育園に帰っても食べるものがないから、逃してあげよう」と話し合っています。

「ここだと、鳥にたべられちゃう」と、見つからないような場所を探し始めます。

木の幹の上の方、背伸びしてやっと届くような高いところに、そっととまらせてあげます。

「(よし)これでいい」と言って歩きだすのですが、やっぱり心配になって、大丈夫かどうか、戻って確認していました。

そして、その子の手に注目してください。

お祈りしているのです。

どんな気持ちだったのでしょうね。

 

学びの秋

2021/10/08

夏日が続いていますが来週からは秋らしい日になるそうです。秋といえば実りの、食欲の、味覚の、芸術の、スポーツの、読書の、などの修飾語を思い浮かべますが、他にも音楽の秋や紅葉の秋、天高く馬肥ゆる秋、趣味の秋などもあって、要するに、何をするにしても気持ちよく熱中して取り組みやすい時季なんでしょう。

今日は夕刻から園内研修でした。テーマは「10年後のための保育」で、園の特徴をよりよく改善するための課題と方法を出し合いました。世界や国が打ち出している施策を確認しながら、千代田せいが保育園の強みを進化させるための話し合いです。そういえば、学びの秋、というのもしっくりきます。

今日は屋上のプールを片付けました。お父さんたちにお手伝いをお願いしようと思っていたのですが、10月の土曜日は都合がつかず、職員で行うことにしました。「手伝いますよ、日にちが決まったら教えてください」とお声をかけてくださっていたお父さん方、また来年の組み立ての時はご協力をお願いします。

 

 

絵本の秋! 「松居直のすすめる絵本50冊」特集

2021/10/06

いまの絵本が、今のような内容になってきた理由の一つは、「母の友」「こどものとも」を創刊した福音館書店の松居直さんがいたからです。1956年の創刊当時は、小川未明や坪田譲治のような、いわゆる「童心主義」と言われた児童文学や、関英雄や岡本良雄らの「生活童話」が流行っていた時代です。

藤本朝巳さんの『松居直と絵本づくり』(教文館)によると、それを松居直さんは、童心主義も生活童話も「おもしろくない」と感じていました。当時の子ども向けに書かれたものは「何かを教え伝えようとする姿勢が強く、幼児向けになっていない」「もっと生き生きとした、子どもが本当に楽しく感じるような作品を出したい」と、考えていました。それが「こどものとも」の創刊になっていったのです。

彼が編集に携わったのは1号から149号までですが、その絵本の作家や画家の顔ぶれを見ると、実に有名だった(になった)人たちばかりです。明らかに彼は日本の絵本の世界を切り開いたのです。

子どもにとって、という視点からいい絵本とは、どんなものなのでしょう。それを知る上で格好の本があります。「松居直がすすめる絵本50冊」です。松居直さん自身が選んだ絵本のリストです。ここに載っている絵本50冊を「千代田せいが文庫」に揃えましたので、ぜひ手に取ってみてください。6つのジャンルに分かれていますので、1週間ごとに8〜10冊ほど、文庫に入れていきますので、借りて読んであげてください。

 

岩本町馬の水飲み広場

2021/10/05

保育園では午前中に活発に体を動かして遊びます。子どもにとっても、大人にとっても朝9時ごろから12時ごろまでは「ゴールデンタイム」です。この時間に体も脳も、もっともコンディションがいい状態です。それまで経験してきたことが夜寝ているうちにメンテされて、もっとも創造的に、また新しい体験を新鮮に受け止めることができる状態になっています。

保育園からすぐぞばの大きな交差点の三角地帯が空き地になっていて、その場所は「馬の水飲み広場」という名前がついています。万世橋から昌平橋へ向かうあたりは、江戸城外郭門の一つ、筋違御門がありましたが、そこには「八ツ小路」と呼ばれていたように、中山道や奥州街道など多方面につながる交通の要所地でした。保育園がある神田川から南側は、神田から日本橋、両国あたりまで、武家屋敷よりも町人が多く住み、鍛治、紺屋、乗物などの専門職を営む商人がたくさん住んでいた場所です。

交通の往来を描いだ浮世絵の中でも、歌川広重の東都富士見三十六景「昌平坂乃遠景」には馬が描かれています。荷を背負ったり馬車で弾いたりしていた馬がここで休憩していたのでしょうか? 千代田区の碑にはこんなことが書いてあります。

「この場所は、江戸時代より房総や東北方面からの物資輸送(米・野菜・魚介類・木材等)のために荷車を引く牛馬の水飲み場として、また、街道を往来する人々の休憩の場として、重要な役割を果たしてきました」

5日(火)の午前中、わいらんすいで遊びました。今は草ボウボウのだだの空き地です。イネ科のススキ、エノコグサ(ネコジャラシ)、オシヒバなどが鬱蒼と茂り、キク科のホウキギクや、オオアレチノギク、ヒメジョオンなどが小さな花を咲かせていました。雑草の中にも、秋がきています。子どもたちは「草っ原」を走り回り、シジミチョウを追いかけたり、バッタを捕まえたり、花をつんだりして遊びました。

 

創造性と美を感じたダンス

2021/10/04

再現するものが模倣表象なのか、それとも創造表象なのか。

その境目が満4歳前後にありそうなことが、今日のダンス遊びで見えてきました。

模倣表象というのは、見たり聞いたりと、体験したことを、目の前に再現する模倣です。見立て遊び、ごっこ遊びなど多くの模倣遊びがこれです。昨年のお楽しみ会で見ていただいた劇遊びも、これに含まれます。歌を歌うことも再現ですし、何かを学んで身につけることも、実は「真似ぶ」を語源とする「学ぶ」ことと言えますから、発達や成長というのは、生き物としての力が環境から、いろいろなものを心身に取り入れていることになります。

一方、創造表象というのは私の造語ですが、ダンスのインプロビゼーション(即興表現)のように、「こんなのどうだろう」というように、自分で感じたものや、頭に浮かんだ身体イメージを、身体を通じて自分なりの形で表現するようなプロセスが色濃いものです。実は、こちらの「創造」の方も、その中身を分析してしまえば、模倣として取り入れた要素を、自分なりに編集し直しているに過ぎません。創造というと無から何かが生まれるように考えるかもしれませんが、それは間違いです。元々は、真似して学び身につけたものを、組み合わせ直しているに過ぎません。

ちっち、ぐんぐん、にこにこの子どもたちは、模倣遊びとしてのダンスを楽しんでいました。グーパー体操や動物など、イメージしやいものかどうかで、体が動かしやすいかどうかになっていました。ところがらんらん(4歳)やすいすい(5歳)になると、自分なりに「ポーズ」を取ったり、創造的な動きを作り出すような動きも楽しそうです。自分で好きなようにする自在感を持って、自分らしい「自己表現」を楽しめるようになってきました。

さらに今日、面白かったのは、このダンス遊びと、他の運動遊びの違いがはっきりした場面がありました。それは「美」への感覚が動いているということです。わらすがソロダンスステップをやるときに、今日初めて参加してくださった宮崎知佳さん(バレーダンサー)の、見本として行ったスキップが美しくて、子どもたちも気持ちがグッと前を向いたことがはっきりわかりました。

足の上げ方が高い、高い(笑)。やっぱり、アーティストの本物に接することは大事ですね。

今日は青木さんと芝田さんが行うポイントワークも「すご〜い」という感想が出るほどに綺麗にキマっていて、みんな、ぐ〜っと引き込まれていました。綺麗なんです。その感覚は子どもたちに、確実に伝わっていました。それがわかるのも幼児になってからだろうと感じました。これを見た後の子どもたちの「マネキンとデザイナー」は、本気度が違っていたのでした。

 

今週の1週間は・・・

2021/10/02

緊急事態宣言が明けて初めての週末、日常の生活を取り戻し始めたニュースを見て、やはり嬉しく思います。病気になった時に健康のありがたさが身に沁みるように、当たり前だった生活にちょっと戻るだけなのに、こんなに気が晴れる感じがするのは台風一過の青空だったこともあるかもしれません。

久しぶりに今週を振り返ると、9月28日、屋形船か水上バスでの遠足候補として、溜池の「浜離宮恩賜庭園」を下見しました。保育園の前から船で行ってみたい場所です。ここは水上バスの発着場があるので、いつか実現させたい候補地です。ここの庭園の別名は「江戸の潮風そよぐ浜御殿」です。

29日は来年度の千代田区の「入園のしおり」の改訂作業開始。午前と午後に入園先を探している方の見学がありました。半年後はもう来年度なんですね。この日の午後はすいすい組が浅草橋へ金魚を買いに。探せばまだまだ地域に面白いスポットがありそうです。日本の風情を感じる場所を保育の教材にできないか、千代田区に提案するつもりです。園だより10月号配布。

隣のビルを10月1日から管理するのはグローバルコミュニティ。その管理会社の方が30日に挨拶にこらまれました。1階と地下には店舗が入る設計なのですが、まだ未定だそうです。その後、誕生会。午後は会計士さんに来園してもらい毎月の資金収支を確かめました。

昨日の1日は今年度8回目になる「赤ちゃんねんね講座」。寝室の使い方が勉強になりました。朝のシャワーや昼のお風呂などはやめた方がいいというのも、なるほど、という話でした。

ところで、そろそろ稲刈りの季節です。皆さんの家庭のボトル田んぼはどうでしょうか? 東京には屋上に田んぼがあるビルがあって、有名なのは「けやき坂コンプレックスの屋上」の田んぼ、テレビでもうすぐ稲刈りだと報道指されていました。

今日から10月〜下半期の保育が始まりました

2021/10/01

今日から10月。下半期の保育が始まりました。1日は都民の日でしたが、台風16号が関東を掠めて北上して天気は雨。せっかく緊急事態宣言が解除されましたが、あまり外出できない天候になりました。政治の方も新しい自民党総裁が決まり党人事が報道されていますが、その布陣を見る限り、かつての宏池会のような新しい政策を少しだけ期待しましたが、結局は前政権と変わらなものばかりでした。

本当に「看護師、介護士、保育士など仕事内容に比して報酬が十分でない雇用者の収入を思い切って増やす」(公的価格の抜本的見直し)ができるかどうか、誰が厚労大臣になるのか、その人事に注目しています。今後の経済政策の方向性も見えてきました。それで本当に世界的にも下位にある相対的貧困層の改善が進むでしょうか。乳幼児も含めた教育費に占める公的費用の割合がせめて世界の平均ぐらいにはなるでしょうか。

テロや気候変動への対応など世界も不安定な状況の拡大は避けらない情勢です。そこでこんな世界へ飛び立っていく子どもたちに私たち大人が用意しなければならない滑走路(進路)は、ここのままでいいはずはありません。9月の子どもの自殺は昨年から増えています。その数字ももうすぐ発表されるでしょう。

さて、10月からの保育方針は、園だよりにも載せてありますが、秋の自然を楽しんだり、生き物に触れたり、十分に体を動かしていきます。野菜の栽培や昆虫や水生動物の飼育、夕焼けやお月様の観察、芋掘り、鬼ごっこやダンス、絵本や造形の美も味わいたいと思います。子ども同士の関係性、社会性やコミュニケーションの力、人と関わりを持つ力、協同性をそれぞれの段階で育みます。何かを感じて心動かされたことを再現したり、真似をして見立て遊びをしたり、役割を分担してのごっこ遊びも盛り上げていきます。音や楽器、歌や合奏なども楽しんできたので、それも「一緒に」のところをより楽しめたら、と考えます。

感染症対策のために和泉小学校など9月の運動会は「無観客」で行われました。そこで10月以降の幼稚園や保育園の運動会はどうなるのか、千代田区教育委員会の判断を待っていたのですが、昨日30日の夕刻に連絡があり、保護者と一緒にできる見通しとなりました。正式には改めてお知らせします。バス遠足も緊急事態宣言期間中は公園サイドに断れていたのですが、季節もよくなってきたので、増やしていくつもりです。秋の散策、外遊びの絶好のシーズンなので、この機会は逃したくありません。亜熱帯への気候変化の上に、さらに新型コロナが始まって、戸外に出るチャンスが奪われてきたので、園庭のない保育園としては、「春と秋が宝石のような季節」に見えてきます。

幼少期の体験は、本人が覚えていなくても心身の奥深いところで一生にわたって活躍していく基盤を作り上げます。昔から「根っこ」に喩えられてきたわけですが、根っこの太さや長さを子どもたちには、根菜類の栽培や「いもほり」で実感してもらうつもりです。小さいうちは、何かができたりしたから褒められたりするだけではなくて、いつも愛情を注がれて、そのままのあなたでいいのよ、という状態で褒められ、存在するだけで嬉しがられることを、子どもは常に1番に求めています。条件付きの承認ではなく、無条件の承認があって初めて、安全と安心の中で子どもは自分から躍動する力を発揮し始めます。それを信じることを忘れないような生活にしていきたいと思います。

 

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