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2022年 3月

3年間の思い出の数々

2022/03/19

卒園する子どもたちは今年は10人。昨年も10人。開園1年目は年長さんがいなかったので、3年でやっと20人の園児が卒園することになります。保育証書には「あなたは本園にて◯◯年保育を受けたことを証します」という言葉があるのですが、今年は全員が3年間です。開園当初から3歳児クラスで入園した子どもたちばかりです。この3年間を、私たち大人はどんなふうに思い出すことができるのでしょうか。何を覚えていて、何を忘れているのでしょうか。どちらの方に意味のある体験があったのでしょうか。印象深く覚えている体験に意味があったのでしょうか? それとも忘れているけれどもその体験にこそ、大切なことが含まれていたのでしょうか? こんなことを考えながら、卒園式の準備をしています。

ウクライナで起きていること

2022/03/18

今ウクライナで起きていることをテレビや新聞やネットで見ていると、起きていることがあまりにも「重すぎ」て、心が動かなくなってしまいそうです。寄付や署名はしても、あの残酷な出来事を即刻やめさせることはできない。時間を凍らせてとにかく止めることができないものか。園長の日記に書く話題ではないけれども、このことをなかったかのように過ごすことは、同じ時間を過ごしているものとしては許されない。そんな気持ちで毎日が祈りです。

自由な意志決定が許される根拠

2022/03/17

昔から死刑と戦争による殺人は公的権力に許されているというという言い方がありますが、決して許されていいものではありません。条件付きで許されるというのなら、その意思決定の根拠が本当に正しい思想から導かれているのか、そこに人間が存在する根源的な理由への認識があるかどうか、その意思決定者が説明する義務があります。しかし報道されているものや、専門家の解説からは、それらしいことを聞くことができません。

国民国家という形ができて、その仕組みの中で私たちは21世紀を生きています。これまでの人類に歩みをマッピングすると、これからなされなければならない課題は明らかです。市民が国家の暴走をコントロールできる仕組みがなんとしても不可欠であり、国家間のナショナリズムを超えた世界政府に近いものをいかに地球上に作り出せるか、そこへ向けて200年ぐらいをかけてでも実現させる必要があるということです。ただし、今回の戦争はさらにその見通しを先延ばしすることになるのか、大きな教訓として、市民が目覚め時計が進むのを早回しできるか、どうなるでしょうか。

卒園までのカウントダウン

2022/03/16

私の中では3月のこれからの半月は、完全に「すいすいシフト」です。何のことかというと、野球の守備陣営のことです。野球では打者の打つ方向に合わせて、偏った守備をする時があります。昔は王貞治が左バッターの打席に入ると、レフト(左)がぐっとセンターに寄り、センターがライト(右)に寄っていました。王選手の打球はほとんどがライトへ飛んだからです。そこで、その守備陣営を「王シフト」と言いました。私の仕事の中で、すいすい組に向けられている仕事が多いからです。

月曜日には卒園証書を印刷して印鑑を押して準備完了しました。火曜日には、すいすいタイムで「エルマーの冒険」を読み始めました。そして今日は朝から久しぶりに「園長ライオン」で遊び、卒園式の練習をして、会場の機材チェックです。他にも3月に出かける候補地についての打ち合わせもあります。どれもが、きっと思い出に残るようなものとなるはずです。それだけにやりがいもあって楽しく充実した時間を過ごさせてもらっています。感謝。

卒園式について

2022/03/15

(昨年の卒園式)

今月も残すところ半月となり、次の日曜日は卒園式です。当法人、社会福祉法人省我会は、4つの保育園(そのうち2つがこども園)を運営していますが、そのうち2園は先週末に卒園式を終えました。卒園する子どもたちを、関わった職員が全員出席したいので、日曜日や春分の日に行うようにしています。そこで登園は20日の日曜日になります。しかし、コロナ禍の影響で昨年の卒園式は保護者全員の会場参加が叶えられず、2階をメイン会場にして、保護者の方お一人のみの参加とさせていただき、他の方は1階のサブ会場で、テレビモニターでご覧いただきました。

また入学する小学校の校長先生や、交流のあった幼稚園や保育園の園長先生、あるいはその他の地域の方などを「来賓」にお招きしたくても、それも叶いませんでした。在園児代表として、年中組らんらんの子どもたちも卒園式には出てもらうつもりだったのですが、それも密になってしまうので避けざるを得ません。今年こそは、そうした制限もなくなって、フルバージョンの卒園式にしたかったのですが、今年の卒園式も昨年と同じような規模にさせていただくことになりました。ただ、ご家庭からもご覧いただけるように、今年はリモートによるライブ配信もします。保育園までお越しになれない保護者の方は、ご家庭でご覧いただきます。

当園の卒園式の特徴は、アットホームな雰囲気だということでしょうか。セレモニーとしての改まった雰囲気はあるのですが、それでも子どもたちがリラックスして参加できるような雰囲気です。練習は2回、一回目は流れを確認する程度、2回目は本番と同じようにやってみます。それで十分にできるくらいのものです。逆にいうと、年長さんもこの時期になると、もうすっかり1年生になれるなあ、というほど、しっかりしてきているからです。職員も式の中で歌う歌を練習しています。式で歌う歌はその年に流行った曲から選ぶようにしています。「卒園したのは、あの曲が流行った年だったんだなあ」と思い出しやすいからです。私が初めて園長をやった年の歌は、私が選んだのですがBUMP OF CHICKENの「花の名」でした。そして昨年は「カイト」でした。さて、今年は何だと思いますか?

新年度の新しい仕組み

2022/03/14

先日デジタル庁の担当者に来ていただいて、DX (デジタル・トランス・フォーメーション)に取り組み始めました。と言うと大げさですが、事務長の友人にMicrosoft系のアプリについて、アドバイスをいただくために園に来てもらったら、デジタル庁にお勤めでした。コロナによって日本はデジタル化が先進国の中で遅れをとっていることが明らかになり、全国の自治体もDXに来年度予算をつけています。千代田区もそうです。(この予算は、公立だけなので、民間の私たちのではありません。)

当園も遅ればせながら、デジタル化を進めることで、業務効率を上げ、先生たちが、保育で大切なことに、これまで以上に時間をかけられるようにしたいと思います。また紙の媒体を極力なくし、記録の振り返りやデータの有効活用も図ります。保護者の皆さんとのやりとりは、アプリを使った方法に移行します。3月から移行期間に入っていますが、メリットの方が大きいことを実感しています。例えばお休みの連絡内容が正確に記録に残り、職員間の共有もしやすく、クラスや園全体での状況が一目でわかり、いろいろな情報も把握しやすくなりました。

保護者の皆さんも、スマホが普及してきたこともあり紙媒体での情報把握よりも、利便性が向上すると思われます。新しいことを始める事は、これまで慣れていた事を止め、新しくいろいろなことを覚えなければならないので大変なのですが、これに取り組むことによって、保育の質の向上、職員の働き方改革にもなっていくと思います。ご理解とご協力のほど、よろしくお願いします。

なんと恐ろしいことでしょう

2022/03/12

2月24日のロシアのウクライナ侵攻以降、私は人間の愚かさをそこまでを想像できていなかったことに、絶望的な気分になっています。私の父は、第二次世界大戦に参加し、海軍でラバウルでアメリカと戦いました。目の前で死んでいく戦士を見てきた父は「戦争は絶対にだめ」と、子どもの私たちにいっていました。私たちは第三次世界大戦の前夜にいます。

人口4,400万人のウクライナ。首都キエフの人口は300万人。国連人口基金によると、約1,000万人が国内で避難民となり、約300万人が国外への難民となっています。世界中が見守る中で、よくこんな暴挙がまかり通るものです。既に起きていることでさえ悪夢のような現実なのに、これからキエフへの総攻撃が始まるかもしれないと言う、なんと恐ろしいことでしょう。ほんとにこんなことがあって良いのでしょうか。人間が狂うことほど恐ろしい悪魔はいないと、思い知らされます。そして、何もできないことにぼう然としてしまいます。

普段、保育と言う仕事を通して、子どもも大人も、人間はいかに一人ひとりの尊厳を尊重しあえるかと言うことに力を注いでいるのに、戦争となると、人間が戦士という匿名の個人となります。100人、1000人、万人、そんな単位で死者の数が増えていき戦況のデータの一つに過ぎなくなってしまいます。あぁ、なんと言うことなんでしょう。とにかく、恐ろしい。

就学する小学校を訪問

2022/03/11

9日(水)には和泉小学校へ、また11日(金)には千代田小学校へ、この春入学する子どもたちを連れていきました。校長や副校長先生が大歓迎してくださり、小学生たちも待っていてくれました。

私の思いは入学までの心理的な敷居を低くしてあげたい、というものが主だったのですが、小学校へ行くよ、と話した時からワクワクして待っていたようです。

2時間目と3時間目の間の「中休み」の時間に合わせて出かけ、先生や小学生と交流できました。とくに卒園児との再会はお互いに嬉しかったようです。

授業を少しだけ、教室の後ろから見せていだきました。国語や音楽、体育などの「授業」が、こんな感じなのか、と伝わったことでしょう。

やっとこのような訪問ができました。コロナに拒まれていた2年間。もっといろんなことをやりたいと思っても、交流というものは相手が快く思っていただかないと、うまくいくものではありません。ここでも先生同士の思いの共感、心の通いあいというものがベースにあるかどうかが大事だからです。以下は、全て余談です。これからは、もっとこうだったらいいな、という私の振り返りです。

私たちの法人は保育界が「連携・交流・接続」などという言葉で小学校とのつながりを求めるようになる、はるか前から子どもたちを小学校へ連れて行ったり、小学生が保育園に来たりしていました。1979年に開園した省我保育園では、学区でもある八王子市立第十小学校へ出かけ、園児が学校給食を食べさせてもらったりしていました。藤森園長(当時)が地道に創り上げて行った関係です。藤森先生が小学校や保育園で講演をしていたのを、見せてもらうことあり、藤森先生が小学校の先生もやっていたので、学校や教育委員会からの信頼が厚かったからです。

1997年に開園したせいがの森保育園では、八王子市立長池小学校の先生が全員保育園に来て、話し合いをしていました。また近隣の小学校の教頭先生(当時)4人が集まって、総合的学習の時間などに活かせる地域人材の情報を交換していました。小学校がお店屋さんなどを開き園児が遊びに行ったり、小学校のクラブ活動のグループが保育体験に来たりしていました。卒園園児が保育士として戻ってきているほど、子どもたちの生活全般の中に、地域のいろんな人たちが出会い、挨拶を交わし、思いを分かち合い、課題解決を一緒に考えていました。

ことさら、連携だとか交流だとか、上からさせられているという感覚はありません。それぞれの人たちが、自然と「こうだったらいいよね」と考えて動くキーマンが、それぞれの場所にいらしたものです。その結果、保育園の周りには、幼稚園の先生、小中学校の先生、用務員の方、学童の指導員、児童館の遊びのボランティア、保健所の保健師さん、地域で活動する助産師さん、児童民生委員、主任児童委員、とにかくいろんな方が、保育園を出入りしていたものです。出来上がった成果は、自主学童クラブ、子育てひろばの地域運営、発達支援のセンター創設、ファミリーサポートセンターの保育園版、小学校の先生の保育体験、保幼小連絡協議会の立ち上げなどがありました。

人というものは生まれた時から「ジョイントネス」という、人と人がくっつきたがる傾向を持っているという赤ちゃん学の知見があるのですが、それは私にとっては、それは当たり前の感覚です。人間学や人智学に学べば、私たち人間は教育の意図を超えて、そもそも人生が望ましいものを追求するようにできています。その本来や本分を踏み外さないなら、「こうだったらいいのに」が湧き出てくるものです。その感覚を大事にしていきたいものです。

自立の姿(その10)遊び

2022/03/10

今回で「自立の姿」の短期連載は終わりです。これまで生活の中から、食事、睡眠、排泄、衣服の着脱、清潔、危険回避、身近なものの扱い、あいさつについて「自分でそうなる」ような自立の意味やポイントや述べてきました。最後は、子どもたちの本分ともいえる「遊び」です。遊びの自立というのは、どう考えたらいいのでしょうか。

子どもに好きなようにしていいよ、という状態を与えると、誰に言われなくても、自分からやり出すことがあります。それが遊びです。勾配のある場所に水を垂らすと、水は低い方へ流れます。それと同じように子どもは遊び始めます。私が保育の仕事を始めた四半世紀前、研修で聞いた話が忘れられません。それは幼稚園で「お絵描き遊び」をしていた時の話です。遠足にいった思い出を描いていたそうです。きっと楽しかったことを、それぞれの子どもが絵にしたのでしょう。研修の先生は「実は、このお絵描き遊びは、遊びではありませんでした」というのです。私はどういう意味だろうと思いました。話はこうでした。このお絵描き遊びが終わった子どもが、先生に所にやってきて、こう言ったらしいのです。

「先生、お絵描き終わったから、遊んでいい?」

子どもたちにとって、お絵描き遊びは、遊びではなかったのです。子どもは自分がやっていることが、遊びかどうかをわかっています。遊びというものは、自分でやりたいことをやり始めます。人にやらされることは遊びになりません。

一見、いかにも楽しそうに見えたり、大人から見て、やっている活動に意味のあるものに見えれば見えるほど、大人にとって、それが遊びなのか、そうでないのかの見分けが難しくなるかもしれません。でも見分け方は、簡単なんです。遊びは水が低い方へ流れるように、本当に自然に始まるものなのです。「さあ、これからお絵描きをします」。とって始まるお絵描きは、それをやりたかったならいいのですが、やりたくない子にとっては苦痛なものになります。

遊びの自立とは、まずこの条件が満たされることです。まずは、その遊びが遊びであること、です。

そうでなければ、「遊びもどき」の活動は遊びではないので、自分からやろうという気になりませんし、熱中しませんし、継続しません。基本的に「できればやりたくないなあ」という気分モードなので、やめるきっかけがあれば、さっさとやめます。

それに引き換え、本来の遊びは、自発的なものです。ですから、最近の保育所指針や幼稚園教育要領には、「遊び」と書かずにわざわざ「自発的な遊び」と書いているのです。遊びは本来、自発的なものなのですが、そうでない遊びが混ざり込んできやすいからです。「遊びは自発的なものですよ、大人がさせる遊びは慎んで下さいね」というのが国の方針です。本物の遊びでなければ、子どもは育ちません。本当の学びになりません。必要はものは子どもがやりたがる遊びの中で身につけるのです。その時、遊びの中で何を学んでいるのかを見極める力が、プロの保育士の力です。

これは他の生活の活動では、迷うことはないでしょう。食事は食事ですし、排泄は排泄です。それか食事なのか、排泄なのか、遊びなのか迷うことはないでしょう。ところが遊びの場合は、自然とそうなる傾向を持っているので、寝る時間だから寝せとうと思っても遊びが終わらない、とか、最後まで食べてほしいと思っても遊び食べになる、とか、あるいは手を洗っていたと思ったら水遊びになっていた・・・こんなことの連続ではないでしょうか。

ここではっきりすることがあります。それは、遊びは子どもにとって自然と「始まる」ものであり、自発的なものでなければならず、そうでない遊びは強制的な遊びか、自分で選び始めていない誘導された活動です。したがって、本物の遊びの自立を考えると「お終い」にすることが、課題になってきます。そこで遊びの自立の姿とは、「自分で遊び始め、自分でお終いにできる」ということになります。遊びは終わることが難しいものなのです。そこで自分で遊びをお終いにできる、区切りをつけることができる、一旦やめることができることが、現実的な生活の中では「自立のテーマ」になってくるのです。

そのヒントは次のようなものです。

(1)遊びは中断してもまた「続きができる」ことを納得できるようにすることです。これは発達が未熟なうちはできません。「一旦、おしまいにしてお食事にしよう」ができるようになるのが、これもまた見通し力が育つ満3歳のころなのです。2歳の頃からまた後でできる、という体験を積み重ねることで、それができるようになっていきます。

自分で決めることにこだわる時期に「すぐにやめる」カードと「あと1回」のカード2枚、3枚などを選ぶという方法もあります。選択肢の中で選ぶことで、自分が決めてそれに従いやすくなる時期があるものです。その段階を過ぎると「まだ途中です」とカードや札や目印を自分で置いたり示したりして、一旦おしまい、ができるようになります。

(2)質の高い遊びは、継続性が見られます。1日から2日は当たり前で、1週間ずっと続いたり、1ヶ月2ヶ月と続くことだってあり得ます。このような遊びは、同じような遊びをしているように見えて、実にさまざまな体験が含まれており、それを縦横無尽に使い切っていたりします。このように長い遊びは、一旦区切る、一旦おしまいにするということが何度もできており、遊びが自立していると言えます。

(3)もっと長い遊びがあります。それは実は人生です。私たちは本当に真剣に仕事に打ち込み、何かを成し遂げ、探求したり協力したり、何かを発明したり、社会に貢献したりしながら生きているわけですが、その本質は本物の遊びに似ています。人生にとって遊びの区切りをつけるということは、人生における本当の自由な生き方の選択に似ているなあと、私は思っているのですが、それはまた別の機会に。それはともかく、熱中して遊び込んでいる子どもの姿は、子どもの人生の熱中度を表しています。子どもが本当に生きている時間を過ごすには、本当の遊びを保障することです。そうやって遊ぶことが、その後の生活の基本を作っているのです。

自立の姿(その9)あいさつ

2022/03/09

本来のあいさつというものは、心のこもった言葉が交わされる繋がりを、浮き彫りにしたり、ないと困る心情なのに、本当はそうではないのにあることにするためだったり、あからさまにしないための方便であったりと、人間が編み出したうまい知恵のように思えます。ただ、好ましい挨拶は、それが嬉しくてその気持ちを再確認するような心の働きをもつ場合でしょう。

次のエピソードは、一度話したことがあるのですが、藤森統括園長が誕生日のお祝いに、園児から紙で作った紅白饅頭をもらった時の話です。「わあ、ありがとう」とお礼を言ったそうですが、その園児はしばらくして戻ってきて「あれ、嬉しかった?」ともう一度聴きに来たそうです。「ああ、そりゃ、嬉しかったよ」と藤森先生は答えたそうです。

このエピソードは私にとって、忘れられない、いい話だと思います。私はこのように感じています。その子は、最初に藤森先生に「ありがとう」と言われて、嬉しかったのでしょう。プレゼントはもらったら嬉しいわけですが、この場合「ありがとう」と言われたことが「嬉しかった」のではないでしょうか。ですから、その子は、自分に沸き起こった「嬉しさ」を感じていて、プレゼントをもらった藤森先生にも、その気持ちを確かめたくなった、のではないでしょうか。この心の通いあいを確かめたい、味わいたいという子どもの心の動きが生まれたは、とても大切な体験だと思うのです。

私は次のような話を毎年学生に必ず話します。「ごめんねは魔法の言葉」という話です。どうして「ごめんね」が魔法の言葉かというと、それを言って謝ると「いいよ」って許してもらえるからです。よくないことをしたら、ごめんなさい、と自分の子どもは素直に謝れる子どもになってほしいと、多くの親は願うでしょう。それなので、大人は子どもが悪かったら「ごめんねは?」と謝らせるのでしょう。

しかし、この話の次に、こういうのです。「ごめんは魔法の言葉にしてはいけません」と。悪いことをしたら「ごめんねを言いなさい」と、やり続けると、こんなことが起きかねません。実際にあったことですが、友達が作った積み木を間違えて壊してしまい、その子はすぐに「ごめん」と謝りました。しかし、やられた方はいいよ、と許せません。せっかく作ったものが台無しになったからです。すると「ごめん」が何度も繰り返されて、最後には謝っていた方が「なんで、いいよって言わないんだよ」と怒り出しました。

ごめん、と謝ればいいんだという方法だけが、その子どもには習慣になってしまったのでしょう。呪文のようの唱えることがごめん、という使われ方になったのです。ここで立ち返りたいのは、謝るというのは、本当に「ああ、悪かったなあ」という気持ちがこもっているかどうかが問題なのです。心のこもった「ごめんね」かどうか。それが「許し」を促すからです。これを心の通いあい、というのです。謝罪における心の通わせ方の基本です。これは最初のお礼「ありがとう」にしても、感謝の「ありがとう」にしても、言われた方が、心が温かくなります。

つい今さっき、和泉小学校へ4月に入学する子どもたちを連れて行ったのですが、昼食の時にTHくんから「今日楽しかった、ありがとう」と言われました。卒園した1年生が5人いるのですが、再会できたからです。その子は、その言葉が自然に出てくるようになっているので、素晴らしいと思います。そばで聞いていた千代田小にいく予定の子たちは「えー、いいなあ」と、本当に羨ましいようでした。その一言を聞くと別の機会に連れて行ってあげたいと思ったのでした。

人は人と関わり合うことを本質に持っている生き物です。面白いのは、かかわりあいや、一緒にいることや助け合うこと、心を通わせることをこんなに真剣に求めあう存在なのに、その一方では、一人ひとりが全く異なるものを携えて生きてきたし、生きていく存在だという、この2面性があることです。分かりあうことを真剣に求めていながら、分かり合えないこともあることを認めなければならないような、そんな矛盾した世界の中で、誰もが真剣に生きています。

社会的な生き物でありながら、人間だけがもつ個人の奥深さという、この2面性の中で、その接点を常に確認し合う営みが「あいさつ」なのです。ですから、挨拶というのは、挨拶を必要とする関係から挨拶を必要としない関係まで、実に幅広い人間的繋がりのスペクトラムの帯の中で、それにふさわしい形というものを取ります。挨拶にこれが正解というものはなく、そこに込められた心情や気持ちを大切にする中から、生まれた知恵のようなものでしょう。

出会いの挨拶、別れの挨拶、セレモニーの挨拶、政治家の挨拶、市井の人々の日常の挨拶、いろいろな挨拶というものがありますね。それぞれに意味や歴史や彩りが異なり、それぞれに期待されている役割があります。小さい子どもたちにとって、大切にしたいことは、あくまでも気持ちの通いあいが「嬉しい」と思えるような体験になることです。

毎日、その都度、必要な時に使うもの挨拶です。いま、外遊びから帰ってきた子どもたちが「ただいま〜」と元気な声で<楽しかったあ〜>という気持ちを伝えてくれます。誰もいないのかな、と思っていた場所で「ばあ〜」と私を驚かして喜ぶような朝の挨拶もあります。あるいは「私がここにいるよ、気づいて」というサインのような挨拶もあれば、いつまでも深々と頭を上げずに、そこにはこぼれた涙しか跡に残さないような挨拶もあるでしょう。

あいさつは「こんにちは」「おはようございます」と挨拶することで、私はあなたに心を開いていますよ、身近な人だと思っていますよ、という確認なのでしょう。挨拶をしたい相手や場面や状況に応じて、あいさつが生まれたり、なくなったりします。挨拶というのは、それによって相手との関係が見えてくるものだからです。

その判断は多様な経験の中で、ふさわしい形を編み出した方がいいのですが、学校や町会などが行う「あいさつ運動」という場合の、あいさつは「ここには自然発生的に生まれる挨拶がないので、することにします」と宣言しているように見えます。いかに心を通わせる空気がなくなってしまったのか証明しているように見えます。あれをやってしまうと、挨拶がもつ本来の多様性や歴史や意味あいが漂白されてしまいます。人間関係が希薄になって心を通わせることが難しくなった時代を自ら覆い隠すために行っているということさえ、気づけない鈍感な人間関係を蔓延させてしまうのです。

子育てで大事な挨拶の姿は、大人同士が気持ち良く心を通わせているかどうかです。クレーマーにはきっと挨拶がありません。一方的ですから。大人同士が楽しそうに心を通わせている関係を見ると、その空気の中で子どもは安心して心を許し、素敵な挨拶を示してくれるようになります。やらされている挨拶は痛々しい。そのさせる力がなくなったら、きっとしなくなるものだからです。先にあるのは心と心のつながりなのです。保育はそれを守り、育てる営みです。

 

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