エージェンシーとは「変化を起こすために、自分で目標を設定し、振り返り、責任をもって行動する能力」のことです。2015年にOECD(経済協力開発機構)が発足させた「エデュケーション2030」(正式には、「OECD教育とスキルの未来2030」といいます)は、「ラーニング・コンパス」の中の中核的な概念になっています。
端的にいうと、子どもたちが大きくなった頃、自分や社会に変化を起こし、責任を持って社会に参画する力がどうしても必要になる。もう、これまでのように「お膳立てしてあげるから待ってなさい」では到底、間に合わない。世界の大きな変化に対応できる力(コンピテンス)を身につけてもらうしかない。・・・
確かに日本に住んでいると、こんな切迫感はあまり感じないで済んでいるかもしれません。OECDの議論を読むと、世界(地球)を襲っている変化は、並大抵のものではないことがわかってきます。これを「メガトレンド」と呼び、子どもたち(生徒たち)が立ち向かわざるを得ない問題が、すぐ目の前にあることに警鐘を鳴らしているのです。
例えば、AI(人工知能)など科学技術の発展、テロや戦争の増加、(ウクライナ戦争でもはっきりした)民主主義の後退、加速されていく移民や難民の増加、地球温暖化の最終局面、止まらない経済格差、雇用のオートメーション化と失業、肥満や自殺の増加・・・このような大きな問題が世界を覆っています。
そして日本はそれらのデータの中では、どれも危機が小さいので、呑気なままでいられるのかもしれません。ただメガトレンドの中で、日本がOECD加盟国の中でよくないのは、少子高齢化と自殺率の高さです。15歳の精神的幸福度も38カ国中37位です。
このようは背景があって、世界はこれまでの学校教育では、このメガトレンドに対応できない、どういう力を備える必要があるのか、という、その議論の中から出てきたものが、この耳慣れない「エージェンシー」という言葉です。OECDの報告書は「スチューデント・エージェンシーStudent agency」という言葉で使われています。生徒エイジェンシー、です。2015年のエデュケーション2030第4回会議(北京開催)で、イギリスの教育実践家として知られるチャールズ・リードビーターが提案したといいます。彼はTEDでも世界の教育の現状や未来の教育について説明していて面白いです。
チャールズ・リードビーター(TEDより)
日本語で、和製英語になっているエージェントというと、代理人という意味ですし、本人から委託された人が、代わりに契約をしたり交渉窓口になったりする人や組織を指します。旅行代理店は旅行エージェントですし、大リーグ移籍の交渉人も野球エージェントです。私はエージェントと聞くと、映画「マトリックス」で、キアヌ・リーブスを追いかける何人もの黒スーツのヒューゴ・ウィーヴィングを思い出してしまいます。
語源はラテン語の「行う」という意味の「agere」です。エージェンシーは、ウィキペキアによると「何かの外にありながら他の何かに影響を与える力」という意味がある、と出ています。OECDは現実のメガトレンドの濁流に押し流されないように、「私たちが実現したい未来」(The Future We Want )を作るために、生徒エージェンシーというキーワードを打ち出してきたのです。
私の手元にある書籍『OECDEducation2030 プロジェクトが描く教育の未来』(白井俊著・ミネルヴァ書房)は、その副タイトルが「エージェンシー、資質・能力とカリキュラム」となっています。エージェンシーとは・・・白井さんの解説を引用します。
「誰かの行動の結果を受け止めることよりも、自分で行動することである。形作られるのを待つよりも、自分で形作ることである。誰かが決めたり選んだことを受け入れることよりも、自分で決定したり、選択することである」(OECD コンセプト・ノートより)。
私たちがよく使う主体性、という概念によく似ていますが、決定的に異なるのは、「私たちが実現したい未来」からのエージェント(代理人)というニュアンスがあるのではないかと、思います。白井さんが著しているこの本の中には、そうはっきりと書いていないのですが、これからの時代のことを考えるとそうなるのだろうと、想像しています。