「あのね、ママの歯はね、いっこもないと思うよ」。先日、こんな冗談めいた話を私にしてくれたのは、今年4月に3歳クラスに進級した女の子N Mさんです。にこにこ笑いながら、上手にいろんな話をしてくれます。「ママに歯がないなんて、そんなことないよ。ママには歯があるでしょう」と答えると(エヘ、と首を傾げて)「そうだったあ」と、照れ笑いを見せてくれます。子どもには伝えてみたいことや話したい相手がいることが大事で、言っている内容が正しいかどうかなどは、二の次三の次の問題です。コニュニケーションにおけることばとは、そうやって、いろんなボールを投げ合ってみる、遊びのようなキャッチボールが大事なのです。そこには、イキイキとした心の躍動があり、感情の交流があります。
昨日までの「園長の日記」で人間の「感情の進化」を大急ぎで眺めてみましたが、古い感情と新しい感情があることがわかりました。そして人間らしい感情は、集団社会の中で身につけてきた感情であることがわかりました。私たち人間が有している認知や価値観や感情、やっている行動などは、爬虫類時代からのホモ・サピエンスに至る脳の進化と相関関係があって、赤ちゃんの脳は胎内にいるときから発達していくプロセスが、脳の進化とそっくりであることもわかっています。
快と不快の原始的な感情は周囲の人と関わりながら、どんどん分化して複雑な感情を発達させていきます。しかも、そのスピードのなんと早いことでしょう。千代田せいが保育園が開園して丸3年が経ちましたが、開園当初、ちっち組(0歳)の赤ちゃんだった子が、わいわい組(3歳)になり、私に冗談を言いながら、いろんな話をしてくれます。
心の知能指数という訳が良かったのか、日本でもE Q(Emotional Intelligence Quotient)つまり情動知能が大事であることが、ずいぶん前から話題になって、いろんな本や話題が出ています。とくに売れている本は情動知能と学業成績と関連することを述べているものです。学業成績にもっとも影響が大きいのはIQ(Intelligence Quotient知能指数)ですが、2番目はパーソナリティ特性の「誠実性」で、3番目がこの「情動知能」なのです。例えば、こんな解説が出ていました。「情動知能が高い人ほど、学業成績と関連するネガティブな情動(不安、退屈、落胆など)をうまく調整できることや、学習環境として重要な教師や他の生徒そして家族と良好な関係を築けるためであると考察されています」(『非認知能力』8章「情動知能」―情報を賢く活用する力)。
非認知能力は、人との関係の中で機能する力と、主に個人の中で機能する力がありますが、いずれも社会的であることに注意しておくといいでしょう。色々な能力を個人の中だけのもののように考えない方がいいからです。実際のところ子どもたちと生活していると、子どもや大人の関係の中で、知性や感性が育っていくからです。情動知能もまた、その相互作用の中で獲得されているものなのです。