千代田区の児童委員、主任児童委員の方々との交流の2回目。保育園の紹介のポイントは、園生活や遊びの中にある学びです。また子どもの数や就園率、保育園の充足率、小学校以降の子どもをめぐる状況について情報を交流しました。
時代は大きな転換期にあり、家族のあり方や学校教育のあり方も大きく揺れ動いています。保育園から見ると、とくに従来型の「家族的なもの」としてのコミュニティーのあり方が大きく揺さぶられているように感じます。
個人の価値観や志向性の多様化に伴って、医療技術や生命科学の進展、さらにグローバル化やソーシャルネットワークなどの影響を受けながら、精神的生活圏が局所分散的になり、前提となっていたような従来型の親密性や暗黙の了解が成立しにくく不安定なものになっているように感じます。
ちょっと気が重くなる話になりますが、それは、危機的な状況に直面したときに協力し合うことができにくくなったり、あるいは、すでに危機そのものが見えにくくなり、予防的対応が遅れていくかもしれません。家族的なものの成立条件のようなものが揺らぐことによって、それぞれの個人が何を優先的に守ろうと決断するのかが変わってきているように感じます。
誰もが何か変わってほしいと切実に思っているけれども、なかなか変わらない何か大きなものが眼前に立ち塞がっていて、とりあえずやっていくしかないと言う時間が長く持続してしまっているような、また、これからもずっと続いていくだろうと言うような閉塞感とでも言っていいのでしょうか?
結果的にいろんなことが、非常に細かい分析的な作業に追い詰められているような気がしてなりません。生きると言うのは、もっと単純なことだったはずなのに。精神的サバイバルという言葉が、妙に切実感を持っているように感じてしまうのは考えすぎなのでしょうか。あるいは、私の時代認識というか、感性が間違っているのでしょうか?
児童委員の方々と、いろんなお話をする中で、お互いに感じていることが似ているなと思ったのです。