心が安定すること、つまり「情緒の安定」は「学び」に直結します。それは、どういうことでしょうか。発達や学びの辞典に紹介されているような有名な仮説をもとにすると、こうなります。
(屋上で育てたスイカを収穫。翌日、食べました)
◆「興味・関心」が「生きる世界」の窓になる
9日金曜日の見学者の赤ちゃんは4か月で、案内中、ほとんどお母さんの胸の中で寝ていましたが、後半は目覚めると、話し声がする私の方へ首を振り、私の顔を見つめます。乳児は生後2ヶ月くらいから周りの人の目に視線を集中させるようになります。これは遺伝的基礎に基づきます。この赤ちゃんは私という「未知」の対象に関心を向けています。関心が向かわない限り「生きる世界」は広がりません。関心が生きる世界の窓になっています。私の声と聞き慣れた母親の声を区別し、時々、2人が笑う声に反応したりしていました。
◆子どもの探索基地
この赤ちゃんを眺めながら、私はこうお母さんに話しました。「あー、Aちゃん起きましたね。話を聞いてますね。しっかり私を見つめますね、知らないこのおじさん誰だろうって(笑)」と。この場合は赤ちゃんは「目線」だけですが、身体が自由になる状態なら、興味があるものに手を伸ばして触ろうとしたり、それを口に持っていって確かめようとするでしょう。
(ちっちの子どもたちも、先生が安全基地になっていろんなことをやって楽しんでいます)
そのようなことを盛んにする心理状態は情緒が安定している時です。不安だったり、お腹が減っていたり、眠かったりすると、泣いたりして、まずはお母さんという愛着対象に依存して安心を得ようとするでしょう。そして安心や安全が確保されるとまた「探索活動」が始まります。信頼する人を安全基地や探索基地にしながら、持って生まれた好奇心が世界への学びへと向かわせます。「情緒の安定」が「学び」に直結するとは、こういうことです。
(お友だちとの関わりも盛んです。ちっちのブログをご覧ください)
◆社会的スキルも学習
月齢が上がっても同じことがいえます。ハイハイして、あるいは歩いて目新しいもの、面白いものを求めて探索します。ちっちやぐんぐんの子たちも、探検家のように毎日が発見の連続です。
(にこにこ組の外の通りがよく見える場所。先日の模様替えで作りましたが、とても好評だそうです。子どもたちにとって新奇なものは、大好きだからです。ちなみに、通りからは子どもの顔があまり見えないように、フィルムが貼ってあります)
模様変えした、にこにこの子たちは道路側の観察コーナーが、車や人が見えて人気のようです。わいらんすいも仲間関係の学びがたくさん起きています。「入れて」「いいよ」などの社会的技能を身につけています。また遊びが目的志向的な遊びが見られるようになってきたり、感情のぶつかりあいを通して情動抑制も徐々に(小学校期も含めて)うまくなっていきます。
(スイカの白い種と黒い種があるのに気づいたJ君が、と「どっちも芽がでるのかな?」と疑問をもった。早速、白と黒に分けて土に蒔いてみることになった)
◆情緒の安定と学びは表裏一体
このように保育は家庭でも、この大人の愛情、保護、学びの要素から成り立っているのです。このような心理的機序があるからこそ、私たち保育士は「保育とは養護(生命の保持と情緒の安定)と教育が一体的におこなわれるもの」だということを大切にしているのです。