◆演奏家の対象への働きかけ方の違い
同じ素材の鉄なら鉄、馬の尻尾なら尻尾でありながら、その「振動のさせ方」次第で、小澤征爾が「うん、そうだ!」と頷いたり「ノンノン、もっと小さく小さく」と言ったりしています。「音色」の違いはそれくらい「違う」ものです。その「違い」は、演奏家の弾き方の違いですが、弾き方というのは楽器の音の「鳴らせ方」の違いですから、演奏家の「表現」です。
(彼は、クワガタにどう触ればいいか、よく知っています。私にも教えてくれます)
自分が原因となって対象を変化させています。この場合、対象とは楽器です(上の写真ではクワガタ)。ここが極めて重要です。自分の意思で、考えで、行動して外界を変化させること。これを子どもたちは強く望んでいます。言われてやるのでは、自分がやったことにならない。言われてやったのでは、自分が自分の行動を変化させる源になっていない。自分が原因になりたい。自分がやりたい。そういう欲求を根強く持っているのが子どもであり、また私たち大人もそうです。
(これと、これを混ぜると、どうなるかなぁ?)
◆子育ての秘訣とアートの本質は同じである!
なんの話かというと、実は自信をもった自立した子どもを育てるための秘訣でありながら、またアートの本質の話でもあるのです。
自分が原因となって対象が変化したことが楽しい、美しい!そんな時間を今日は屋上で過ごしました。色水を作って遊んだのです。ペットボトルに絵の具を溶いて、いくつかの色を用意します。それを思い思いに混ぜてみると、色が変わります。
「見て!桃色!」
「ねえ、これ紫だよ」
中には「何色」とは言えない微妙な色いあいになって
「ねえ、これ見て!・・・」
と変化した色合いの、その微妙な差を見比べて楽しんでいます。
「今度はこうしてみよう!」というつぶやきがいっぱい聞こえてきそうな姿でした。
このような働きかけによって生まれた混色は、子どもの創造的なプロセスを経た作品と言っていいのです。これがアートの実践です。できたものは、あっさりと捨ててしまうほどですから、とっておきたいというほどでもありません。
しかしこの営みをじっくりと味わっておくことが、色というものの不思議さを一生かけてでも探求していく人になっていくかもしれません。古来から「色」に魅せられてきたのが人間の歴史なのですから。
◆いってもやらない、意欲がないように見えるとき
子育ての秘訣も自分で決めて、自分で行動する。その自己決定の過程をきちんと保証してあげることが極めて大切です。言われてできる子は、自信が育ちません。自分が原因で外界を変化させている気になれないのです。そんな場合はこれから自分がやらなければならないことは百も承知でも、それをやる意欲が出てきません。やってもいつも言われていることをやるだけなので、もっと違うことをやりたがるようになります。まずはすぐにはやらない。怒られてでもやらない方が、それを自分が決めてそうなっているから、まだマシだと感じるのです。
そのような子どもの心理状態を「自己原因性喪失の不安」と言うことがあります。佐伯胖さんの文章を『「わかる」ことの意味』(岩波書店:1995年)から引用します。
<自己原因性喪失の不安を持たせないためには、家庭や教室で、「やらせる」とか「いわせる」とかをひかえ、子どもが「やる」、「いう」ことを自然な形で、全体の活動の中に取り込むことが必要だと思われます。さらに、子どもたちに自己決定、自己選択のチャンスを与え、自分でじっくり考えて選んだことや実行プランを追求させることが必要でしょう。
家庭の中で、母親が子どもに語りかけることばのうち、いったいどれほど多くが「○○しなさい」という強制になっていはいないかを考えてみてください。たとえ、ことばでいわなくとも、あれやこれやの手だてを講じて、親が子どもにやらせたり、いわせたりしています。このことを反省してみることからはじめなければいけないでしょう。>
一度、時間的な制約のない状況を作ってみて、子ども自身に行動プランを自分で考えて選択できるようにしてみること。そんなことを一緒に考えていきましょう。
◆理屈はそうであっても、実践は苦労の連続・・
自分が原因になって外界を変化させたいという「自己原因性」の行動。子どもが思いつく好む行為は、「戦いごっこ」です。強い自分を求めていますから、「えい、やー、とー」などと手足を振り回して、友達と取っ組み合っています。見ていると「悪者がいなくて、どっちも強い方を演じている」だけなので、実際は「役割分担のある見立て遊び」ではなく、単にレンジャーもののヒーローに自分を投影して、相手を負かす快感を楽しんでいるだけのように見えます。手加減を知らない感じで、お互いにエキサイトしてしまい、本気で叩いてしまうことがありますので、そんな時はすぐにやめさせています。
このような活動ではなく、心の衝動を意味のあるものへ昇華させていく必要があるのですが、それが「美しい」「きれい」と感じる活動です。音でも、色でも、形でも、景色でも、五感を通じて、ワンダーフルな活動を体験させてあげたいと思います。その一つが、今日の色遊びでもあります。
子ども自身に計画させてみること。これがドイツ・バイエルン州の公立保育園すべてで取り組もうとしている子どもの「参画」であり「オープン保育」であり、「小さな科学者」です。子どもの発達の原理は世界共通です。良質な保育が目指すことは同じようなアプローチになるのです。