MENU CLOSE
TEL

園長の日記

お楽しみ上映会で感じた「ライブ感」

2020/12/17

お楽しみ会上映会3日目の17日(木)、これまでで最も多い観客数となりました。親子で鑑賞してもらっている様子を見ていて、とても大切なことに気づきました。それは、映画館がお楽しみ会場と似た雰囲気になったことです。子どもが映像で流れてくる歌を一緒に歌ったり、劇のセリフを思わず呟いたり、手遊びを一緒にはじめたり、親御さんの隣で、あるいは膝の上で、親子共々、楽しそうに過ごしていました。このようなリアクションが生じることで、映画館が黙って静かに観るという空間ではなく、ライブ会場と同じような空気に少しだけなっていたのです。

今回の「お楽しみ会」は、劇遊びの様子を撮影して上映するという方法を選んだのですが、その検討過程でネット配信も考えました。しかし今回はそこまで踏み切りませんでした。というよりも、一旦はこの方法でどうなるのか、試してみたかったこともありました。そして、今日の回で「ライブ感」のある上映会というもののよさを見出すことができました。

分散型、小規模という制約があるので、人数制限や予約制という条件が伴いますが、規模は小さくても「親子で一緒に観る」ことは、とても大切なことが含まれています。乳幼児は本来なら「テレビを見ない」という理由と重なってきます。一方的に流れるテレビの映像は相互性がありません。見ているこちらからテレビ側へ働きかけることができません。受動的に見るしかありません。そこに発達上の心配なことがあります。

ライブという上演方法は演者と観客の相互作用があるので、お互いが1回限りの、その都度の、相互影響を生みます。子どもはそのような関係の中で育つことが望ましいのです。そこで仮に乳幼児にテレビを見る時は、子ども一人で見せないで、親子で見るようにしましょう、というのが日本小児学会などの見解ですし、シュタイナー教育の見解だったりします。

これと同じように、撮影された映像であっても、親子で見ることで子どものリアクションを親が受け止めたり、一緒に体を揺らしたり、一緒に心を通わせていくことで、子どもの表現がそこに成立し、映像を能動的に受け止め返すことができると言っていいでしょう。最近はミュージシャンのドキュメンタリー映画が流行していますが、観客も一緒に歌ったりできる映画館もあります。

今日の上映会では、感染予防対策を講じながら、お楽しみ会が「リアクション付きミニシアター」になるという、新しい可能性を感じることができたのでした。

お楽しみ会から見える仲間意識の育ち

2020/12/16

劇遊びの中で見えてくる子どもの姿に「愛おしいもの」を感じるのは、そこに「仲間意識の育ち」があるからかもしれません。今日16日(水)、2日目の「お楽しみ会」の上映会を見ていて気づきました。

ちっち組の子が名前を呼ばれる前から、「ぼくも先生とタッチしたい」と手を伸ばしてきたり、隣に座る子どもの手を触れるか、伝えたい気持ちを自分の指先に託して、触れないか微妙な距離を推し量っていたりと、友達と「一緒にいること」や同じものを「分かち合う快さ」といったことへの喜びが伝わってくるのです。

ぐんぐん組の子がなかなか席に座らないということは昨日述べましたが、その理由の1つに、友達が興味を持ったものに誘われて引き寄せられていく姿がいくつかありました。一見、大人からすると困った姿に見えるのですが、実は気分良く過ごしているときに、世界に心を開いていく心のアンテナはこうやって育まれていくものだという気になりました。友達といると楽しいのです。

にこにこ組の子が、手袋を落としていくおじいさんの顔を見上げた後、これから始まる物語への期待が弾けます。ワクワクした笑顔を、隣にいる友達に向けます。愉快さを了解しあっている仲間だからこその心地よさ。2歳児クラスで、このような心の交流が集団の中に生まれていることを、日本の保育研究者は多分知りません。

0歳から2歳までの乳幼児にも集団の育ちがあります。それが伝わってくる生活と劇遊びです。

CHIYODA CINEMA 「おたのしみ会」 上映開始

2020/12/15

本日15日から「お楽しみ会」が開催しました。今年はコロナ禍の影響から「映画館方式」での実施となりました。2階のダイニングが上映会場としての「せいがホール」になりました。今日から来週23日までの7日間、夕方のお迎え時間に上映します。

今日はちっち組の「ちっちだるまさんが・・・」ぐんぐん組の「今日も元気なぐんぐんどんぐり」にこにこ組の「てぶくろ」で併せて約30分になるのですが、これを2回上映しました。視聴していて感じたことは次のようなことでした。

今回は劇遊びをしているときに「おうちの人に見られている」という意識が当然ないので、実にリラックスしています。お客さんがいる舞台をライブで観劇してもらう時の「緊張」や「固さ」がありません。劇遊びそのものを純粋に楽しんでいる姿が映っています。これはとても貴重な映像になりました。

ちっち組は、名前を呼ばれたり、歌を歌ったりするときに、内面ではいろいろなことを感じ、考え、思いが大きく動いています。それは、微かな笑みであったり、ピクリと動く足先だったり、歌に合わせて揺らす体だったりと「ちょっとした姿」の裏にある心の動きを想像してもらいたいと思いました。

ぐんぐん組は、なかなか椅子に座ってくれず、撮影を開始できず何度か取り直しになったのですが、「サンタさんがきてみているよ」という設定に変えると、なんときちんと座ってくれました。そこで大切なことに気づきました。ただ座るために椅子にじっと座っていることは、これくらいの小さい子どもには難しいのです。サンタクロースに意識が向かって、座っていることを忘れたときに、ぐんぐんさんは揃って座ることができたのでした。

にこにこ組は、声にする言葉が「セリフ」になる姿をご覧いただけます。普段の話し言葉では決して使わないような呼吸、イントネーションが見られます。劇の中に出てくる動物になったつもりで、自分の演じ役の名前を言う時、恥ずかしいときほど、叫ぶような大きな声になったりします。演じていることへの自意識が見られるようになるのです。

じっくり見るほどに、いろいろな育ちが垣間見える映画になっています。

人と関わる力を育てる

2020/12/14

寒波到来で日本海側が雪になった12月14日(月)、晴れ渡った青空のもとで午前中は外遊びや散歩を楽しみました。ちっち・ぐんぐんは散歩へ、にこにこは屋上で、そしてわいらんすいは佐久間公園で体を動かして遊びました。今月は年長組のすいすい組で、お手伝い活動が始まっています。今日も数人が2歳児以下のクラスに入って、一緒に生活しています。子どもたちは、「他者支援」が好きです。一緒に遊んであげたり、お世話をしたり、こうした活動は、兄弟姉妹や従兄弟関係がなくなった現代の核家族では、すっかり見かけなくなった子どもの姿です。実は年下の乳幼児をケアする立場になる体験は、子どもの心を大きく育てます。自信をもって生きていく力とも関係します。

午前中は千代田区内の保育園の園長先生が見学にこられました。年長さんのそんな活動もあったせいか、子どもたちが自発的に遊んでいる姿が自園と違ったそうです。午後からはGT(ギビングツリー)会議があり、海外の学力の動向などを確認しました。昨年夏、視察に行ったシンガポールは学力向上がめざましいのですが、同国の教育長は子ども同士の関係を重視した「藤森メソッド」(千代田せいが保育園の保育)の導入を目指しています。

学力は個人の能力を測定しますが、藤森メソッド(見守る保育)は、これからの時代に必須である「人と関わる力」の育成を大切にするので、これが学力では測定できない力であることを、シンガポール当局はしっかり認識しているようです。

 

サンタクロースとおさなごころ

2020/12/13

さて、今年もあと半月で終わりです。ざっと2週間です。クリスマスまでのカウントダウンが始まっていますが、昔はクリスマスよりも「もういくつ寝るとお正月」の方でした。クリスマスのアドベントカレンダーを楽しみながら、それにマッチした子どもの歌を楽しむとしたら「あわてんぼうのサンタクロース」でしょうか。この曲、小林亜星の作曲です。

世界中にあるサンタクロース協会なる組織の偉いサンタさんが、コロナでもちゃんと活動します、みたいなことをテレビで喋っていました。ちゃんと千代田せいが保育園にもきてくれるでしょう。アドベントカレンダーで手紙だけ毎日送ってきていながら、コロナで来ないわけにはいきませんし。

サンタクロースの映画はいくつもあって、その起源を物語にしたものもありますが、カトリック協会司教のセントニコラウスの伝説はそれはそれとして、大切なのは大人が子ども心を思い出したり、大切にしたりしようとする空気が、サンタクロースの周りにはできてしまうという、その素朴な(ナイーブな)信条です。

「歴史的に実在したサンタクロースと、ぼくの家にもサンタがくることは別のことだよ」と教えることが科学的な態度だ、などと誰も主張せず、子どもが素朴に信じてしまうことを、大人は「大切にした方がいいと、なぜか感じている」ことに私は「そのままにしておいてあげたい」と願うのです。なぜ、なんでしょうね。明かに大人の「おさなこころ」への共感を感じます。ここに何な大事なことを感じているからなのでしょうね。

 

区内の保育園で園児1名の陽性が確認

2020/12/12

(サンタからの手紙。折り紙の「靴下」で部屋を飾ってね)

◆今週を振り返ると・・

今週はお楽しみ会の撮影と園外保育の充実という、2つの要素をバランスよく保育に取り入れた1週間になりました。お楽しみ会は映画館方式になったので、撮影の本番をもって一区切り、ということになり、私たちにとっては、これまでにない「終了感」となりました。これもコロナの影響ですが、いろいろな年末行事が中止やリモートになっています。

◆町内会の新年会は中止へ

11日、岩本三丁目町会の忘年会や新年会も中止というお知らせが届きました。保育園の大掃除は、特定の日に一気にやるのではなく、こちらも分散方式で、複数の日にちに分けて日常的に実施しています。

◆区内の保育園で園児1名に陽性発生

感染対策の確認と情報交換を目的に、毎月1回きて頂いている千代田区の大江看護師さんが10日(木)に来園され、千代田区内の保育園で園児1名の陽性が確認されたそうです。9日(水)にプレスリリースされており、その後の詳しい状況はまだわかりません。検査結果や感染ルートなどは今後確認します。

https://www.city.chiyoda.lg.jp/koho/kuse/koho/pressrelease/r2/r212/20201209.html

大江看護師さんには当園の保育の様子や食事の状況も観察してもらいました。これからも気をつけたいのは「飛沫感染」です。また保育園に持ち込まれることをできるだけ避けてもらうためにも、園内に入る時は、これまで通り、手洗いや消毒を必ず実施していただくようにお願いします。

◆隣のビルは来週から地上部分が開始

隣のビル工事は来週から、いよいよ1階以上部分の建築が始まります。これまでは地下1階までの工事だったのですが、これから地上の鉄骨の組み上げが始まるそうで現場監督が「騒音でご迷惑をおかけします」と挨拶にこられました。午睡など保育に影響が出ないようにお願いしました。

 

 

師走の浜町公園

2020/12/11

◆紅葉が美しかった冬の浜町公園

久しぶりのバス遠足は天気に恵まれ、浜町公園をたっぷり楽しみました。出かけたのは、3〜5歳のわいらんすい29人。晴天に恵まれ、紅葉が目に眩しい、12月11日(金)は、今年最後の最晩秋を味わう散策になもなりました。来週からは真冬の寒さが待っています。最後の紅葉狩りだと思うと、しっかりと目に焼き付けたくなります。

浜町公園まではバスで10分、乗ったと思ったらすぐに着きます。11月は佐久間公園などの近隣公園を中心に遊んだので、浜町公園は10月28日以来となります。前にも紹介したましたが、この公園はブランコや滑り台、ジャングルジムに鉄棒と、代表的な遊具が揃っており、小高い丘や針葉樹のエリアもあって、子どもたちは飽くことなく次々と遊びに興じていました。地面に道を描いて、そこを走って競走も楽しみました。

さて、0歳のちっち組と1歳のぐんぐん組は、美倉橋児童遊園まで行ってきました。その様子はまたお伝えできると思います。この公園はあい保育園東神田、あいぽーと小さなおうち東神田もよく使う公園なので事前に時間がバッティングしないかを確認してから出かけます。(ホームページは、パスワードが必要なブログなどのページが今サイトのトラブルなのか、開かない故障がまだ直っていません。もうしばらくお待ちください)

◆エルマー3部作、読了

すいすい組の読み聞かせは今日で、エルマーシリーズの3冊目『エルマーと16ぴきのりゅう』を読み終えました。人間たちに捕まらずにりゅうの家族の脱出を成功させたエルマーに、子どもたちから安堵と称賛の感情が溢れました。「エルマーって、あたまいいなあ」とNくんが感心していました。

本を読んであげていると子どもたちの「読解力」の基礎力に触れる瞬間と出会えます。話の筋や展開をよく理解したいという集中力が強く伝わってきます。「じゃあ、ピストルをうったのは、なんで?」とか「それエルマー?(が言ったの?)」のように、頭の中にビジュアルに思い描いている映像と、実際の話の辻褄があっていないと感じたり、あれ、どうして?と思うところは、すかさず質問が飛んできます。

読み聞かせの状況によっては「静かに聞いてね」と質問や喋ることを我慢してもらう場合もありますが、聞きたい子だけが集まっている少人数なので、私はその都度、反応してあげる読み聞かせ方を大切にしています。「そうだね、それは、もうちょっと話の先までいくとわかるよ」とか「先生も不思議だなって思うんだよね」などと言って、先の話に注意をむかせます。状況によって「聞き方」も学んでいってもらうつもりです。

また、読むだけでは分かりづらいとことは、詳しく解説していきます。例えばサーチライトがりゅうに当たって姿が見えたり消えたりするあたりは、文学的な表現になっているので、「月が出てきないってことは真っ暗ってことだから?」「暗くて見えない!」「そう、そう」のような解説を加えていきます。童話「エルマーシリーズ」は渡辺茂男さんの訳ですが、その渡辺さんが書いた童話「もりのへなそうる」も、この子たちに読んであげたいと思っています。

 

エルマーの賢さ

2020/12/11

◆エルマー3部作、読了

すいすい組の読み聞かせは今日で、エルマーシリーズの3冊目『エルマーと16ぴきのりゅう』を読み終えました。人間たちに捕まらずにりゅうの家族の脱出を成功させたエルマーに、子どもたちから安堵と称賛の感情が溢れました。「エルマーって、あたまいいなあ」とNくんが感心していました。

本を読んであげていると子どもたちの「読解力」の基礎力に触れる瞬間と出会えます。話の筋や展開をよく理解したいという集中力が強く伝わってきます。「じゃあ、ピストルをうったのは、なんで?」とか「それエルマー?(が言ったの?)」のように、頭の中にビジュアルに思い描いている映像と、実際の話の辻褄があっていないと感じたり、あれ、どうして?と思うところは、すかさず質問が飛んできます。

読み聞かせの状況によっては「静かに聞いてね」と質問や喋ることを我慢してもらう場合もありますが、聞きたい子だけが集まっている少人数なので、私はその都度、反応してあげる読み聞かせ方を大切にしています。「そうだね、それは、もうちょっと話の先までいくとわかるよ」とか「先生も不思議だなって思うんだよね」などと言って、先の話に注意をむかせます。状況によって「聞き方」も学んでいってもらうつもりです。

また、読むだけでは分かりづらいとことは、詳しく解説していきます。例えばサーチライトがりゅうに当たって姿が見えたり消えたりするあたりは、文学的な表現になっているので、「月が出てきないってことは真っ暗ってことだから?」「暗くて見えない!」「そう、そう」のような解説を加えていきます。童話「エルマーシリーズ」は渡辺茂男さんの訳ですが、その渡辺さんが書いた童話「もりのへなそうる」も、この子たちに読んであげたいと思っています。

 

お楽しみ会のクランクアップ

2020/12/10

今年のお楽しみ会は映画館方式です。12月15日から23日までの土日曜を除く7日間、夕方5時からと5時40分からの2回上映されます。その「映画」収録が今日10日午前終了し、クランクアップしました。最後の撮影はすいすい(5歳)の「エルマーの冒険」でした。昨日9日の午前は、わいわい(3歳)の「おおきなかぶ」とらんらん(4歳)の「ももたろう 」の収録でした。

千代田せいが保育園の「行事」は、4つの種類があって、それぞれに行事のねらいがあります。お楽しみ会のように、親御さんに「見てもらう」行事のねらいは全て、子どもの発達をお伝えすることが大きな目的です。2月末に予定している成長展もそうです。保育参観や先生体験(半日のパパ先生、ママ先生体験)も、それと同じ目的が一部含まれます。

一方、子どもたちにとって、行事はどんな意味があるでしょうか。発達をみてもらう、育ちを伝えるという目的の行事ですが、子どもたちにとって、行事、つまりイベントというのは、普段の日常の生活では味わえない特別な体験ができる機会ということになります。だからこそ「行事」というわけですが、千代田せいがで大切にしているのは、一過性のイベントで終わらせるのではなく、行事を通過点として捉えていることです。

行事が日常にメリハリを与えるということもありますが、保育の視点からみると、行事を行うことによって、日常の毎日が豊かになること、行事を通過することで、その後の生活が意欲的で楽しくなるように実施します。お楽しみ会の「劇遊び」を「上演する」ということは、子どもたちにも特別感があって、とても張り切っていて、意欲的でした。お家の人に「見てもらう」という要素が加わることで、子どもたちに程よい緊張感と強いやりがいが生まれていました。その様子を見ていると、人間が古代から演劇をやってきたことがどうしてかが分かります。見せたい、伝えたい、見てほしい、ほらこんなにおもしろいよ。これがすごく伝わってくるのです。

発達をお伝えする行事という位置づけですが、見ていただきたいのは、このキラキラしている「意欲」の部分です。出来栄えや上手さ、ではありません。何も知らなかった真っ白な時点から、物語を知り、楽しみ、話し合い、役を決め、小道具を一緒に作り、何度かリハーサルのような劇遊びをやり、1ヶ月も経たないうちに上演までできた子どもたちの力。このすべてを感じ取っていただきたいと切にお願いしたいと思います。

にこにこ「てぶくろ」

2020/12/09

劇遊びをして、こちらが「嬉しくなる」のはどんな時かというと、終わってすぐにも「またやりたい!」と言われる時です。にこにこ組(2歳)で、今日9日夕方、絵本の「てぶくろ」を題材にした劇の撮影(おたのしみ会用の本番 テイク2)をしました。劇の最後に並んで「お・し・ま・い」というのですが、その直後に「またやりたい」という声が自然と出ました。私は編集担当の先生に「この、またやりたい、は必ず入れておいてね」と頼みました。

またやりたいという意欲が生じるのは、楽しいからなのですが、あえて深堀した言い方をすると、これは「再現遊びがアートになっている証拠」です。繰り返しに耐えうるのは芸術的な要素があるからです。学校の勉強も本来はアート活動としての学びに進化するといいのですが、学校では抽象的操作の要素が多く、知識量が増えてしまうので、勉強をアート的な活動で満たすのは時間がかかり過ぎる面もあります。しかし答の暗記でしかない学力では、自己実現のパワーがつかないので心配でなりません。

劇遊びに耐えうるお話は、上に述べた要素を持っています。いい絵本とは長い歴史の試練を受けて読み継がれていることが、その証しでしょう。今回のお楽しみ会で選ばれたわいわい(3歳)の「おおきなかぶ」も、にこにこ(2歳)の「てぶくろ」も内田莉莎子さんが訳して日本に紹介したものです。寒いウクライナの民話である「てぶくろ」にも、日本と同様に現実と異界との往来が見られるのですが、その「境目」「境界」がおじいさんが手袋を落とし、また拾うというところで生じます。子どもたちが動物になって、その手袋に入って身を寄せう様子をぜひご覧ください。

top