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園長の日記

お泊まり会の朝の対面

2023/07/15

お泊まり会につきもののちょっとした「小話」があります。

寝る前になると「園長先生、怖い話して」と頼まれることがよくあるのです。いくつか、その手の小話を仕入れてあるので、いつでもできるように準備してあるのですが、昨日は花火が終わると「ねむ〜い」と何人かの子がいうので、それじゃあ、ということで、すんなり「じゃあ、寝よっか」ということになって布団に入りました。

数分ですぐに夢の中に入っていった子どももいれば、なかなか寝付けない子もいました。それぞれのリズムでおやすみなさ〜い。ぐう、ぐう。

夜は先生たちが交代でそばにつきましたが、親御さんから伺っていた「きっとこうなります」の通り「そうなりました」。・・・。

そして朝が来て、寝ぼけ眼のあどけないこどもたちの表情に笑顔が蘇ってくるころ、玄関のピンポーンがなりました。「ん? こんな朝早く誰だろう?」とインターホンに出ると、なんと園児のお兄さんが心配して見に来たのです。

「だいじょうぶ。みんな元気で、楽しそうだよ。誰も寂しがったり、泣いたりする子はいなかったよ。ありがとうきてくれて」

きっと、お兄さんは自分のお泊まり会が寂しかったのでしょうか。それとも、園長先生のお話が怖すぎたのかもしれませんねえ・・

朝食は和食です。

ブロッコリーととうもろこしのおかかあえ

目玉焼き

しゃけの塩焼き

朝ご飯は7時30分ぐらいからでしたが「お腹減ったあ」「おかわり」と、食欲十分。

和食のおいしさが、身に染みるのでした。子どもたちがお代わりしている様子を見ると幸せな気持ちになりました。

そして、いよいよ、一番気を揉んでいらしたであろう親御さんたちとの対面です。担任が作ってくれた「おとまりができておめでとう」の記念写真入りカードとメダルを渡し、一人ずつ楽しかったことを話してもらいました。その後、主任が作ってくれたスライドショーを親子一緒に楽しんでもらいました。

「お家に帰って、どんなお泊まり会だったか、たくさんお話ししてくださいね」

お泊まり会 初日

2023/07/14

当園は開園以来、毎年「お泊まり会」を続けています。保育園に年長が泊まります。コロナ禍でも中止しませんでした。お泊まり初日の午前中は毎年過ごし方が違うのですが、今年は北の丸公園にある「科学技術館」へ出かけました。

当法人は4つの保育園・こども園があるのですが、毎年共通の保育テーマを持ち、題材の選択に困ったらそのテーマのものを選ぶようにしています。

昨年と今年はSTEM保育なので、初日の体験先は子どもたちと話し合って「科学技術館」にしました。夏は川遊びや海遊びをしたいところのですが、当園からだと遠いので、別の機会を考えます。

ご家庭で作っていただいたお弁当。子どもたちはこれも大変楽しみにしていたもので、いつもよりも早めのお昼ご飯になりました。この時間を確保するために、かなり苦労しました。炎天下でも雨でも外で食べるわけにはいかず、かといって室内で団体でお弁当を食べられるところは、ともて少ないからです。コロナ禍ではもちろんできませんでしたが、そうでなくても屋外を使うのは、夏や冬は難しいのです。日本に春と秋があることに感謝です。

園に戻ってきたら、あとは園内でできることを色々やります。すると、やっていることは同じように見えても、その年の特徴がかなり出ます。子どもたちのやりたいことが違うからです。

屋上でみず遊びをしたり、アイス作りやクッキングなど「食べもの」作りは楽しいですね。

中でも、子どもたちが作る夕食は「協同的な活動」を意識したものになります。何をつくるか、かなり話し合って決まりました。たくさんの「こられがいい」を出し合って、みんなが食べられるものに絞り込まれていきました。ホワイトボードの写真はちょうど1ヶ月ほど前の話し合いの様子です。

何にしても、こうした対話を大事にしています。結果的に決まったのは「アイス」と「スパゲッティ」と「ピザ」と「ワンタン」というメニュー。アイス作りも味を選んで凍らせて、夕ご飯の後のデザートにしました。ピザはチーズや野菜、ウインナーなど、生地に乗せるものを変えられるのがミソで、いろんなピザができました。

シャワーを浴びて晩ご飯を食べてからは、屋上で手持ち花火を楽しみました。一人2回、屋上に流れる夜の風も程よく、私たちの味方になってくれました。

そして8時30分に布団へ。今年の年長さんは、ほとんどが1人でお泊まりをしたことがありません。さて、どんな夢を見ながら夜を過ごすことになるでしょうか?

どのクラスの子どもも園全体が生活の場です

2023/07/13

保育園という生活空間は、家庭がそうであるように、そこにいてはいけない場所というものはありません。どこにいてもいいし、保育園のすべての場所が子どもにとっての居場所となります。

たとえば、保育園の中に内と外の区別はありません。それも家庭と同じですね。家庭の中に、ここからは内でここからは外、というものはないと思います。それと同じです。

あるいは、その子にふさわしい場所は所属するクラスのなかだけとは限りません。その年齢の発達にあったものは、多くはそのクラスにあるようにしていますが、入園してすぐの時期や進級するまえの移行の時期などは、その幅をひろくとる必要がでてきます。

当園はそんな「外」にあたるような場所をなくしたくて、子どもがいてはいけない場所がどこにもないようにしています。園内を全てコーナーやゾーン化して、つまり遊びや生活に必要なリソース(資源)を分類して、子どもにアクセスしやすいように配列して可視化してあります。すると、子どもはきちんと自分にあった(必要だったり好きだったり)選択をします。

そのゾーンと同じ意味で、廊下も階段も、それぞれに子どもが居ていい居場所としての意味があります。例えば階段は上り下りの運動になりますし、歩行の確立期にある乳児には格好の運動遊具です。階段の蹴上の部分には数字のステッカーが貼ってありますが、登る時に1,2,3,4とカウンティングしたり、数字への関心や感覚に親しんだり、リズムのある上り下りができたりします。

月の満ち欠けの写真が貼ってあるのも、そういう意図があります。またちっちぐんぐん(0〜1歳)の前の赤いスペースにも、絵本の棚をおき、ザラザラ、チクチク、スベスベなどの触覚遊びができる手作りボードが掲げてあります。

実は1階の扉の前の空間は、赤いマットを敷いて赤い机と椅子をおき、絵本を貸し出せる「千代田せいが文庫」の空間にしていた時期があります。親子で絵本を読んで帰っていい場所にしたのですが、食事のワゴンを運んだりして、物理的に狭いことから「文庫」は2階に引っ越すことになったのです。

つまり、あまり廊下っぽくしたくなくて、手触り遊びのボードを置いたり、そこで絵本を選んだりできる空間にしてあるのです。今年度からロッカーが並び、お支度のスペースにもなっています。実際に保育中は廊下から階段に至るスペースも、生活や遊び使えるようにしています。したがって内と外になってしまうような仕切りは、できるだけつけていないのです。

さらにクラスという空間の考え方も、柔軟に考えています。確かに01歳児クラスがここで、2歳児クラスはここ、345歳児クラスがここ、というのはあるのですが、実際の生活の空間は、玄関から屋上まで保育園内の全ての場所が生活空間になっています。

実際に他のクラスで過ごすことがあるし、子どもがその場所を好んでいたいからいるということも大いにあります。各クラスには、基本的にはその年齢に合ったものが置かれていて、発達に合った遊びができるように色々な遊具や絵本や運動用具などが配置されています。それでも、子どもはその標準的な幅を超えて過ごしたりします。他の遊具を望んでそこへ行くこともありますし、他の場所はどうなっているんだろうという興味から、探索したり、遊びに行ったりすることもあります。

また、物や空間だけではなく、人的環境としても乳児から幼児まで、全ての子どもが全ての子どもと接することができるようにしています。例えば乳児が幼児クラスを訪ねていくと、幼児の子がすぐに「Sちゃん、かわいい」と声をかけてくれます。子どもたちは、クラスを超えてよく知っている間柄なのです。乳児に年長がお世話をしにくることもあります。新しく入園した子どもが、クラスの仲間関係ができるまで、朝夕はきょうだいのいる部屋で過ごしたり、午睡の時間に幼児のクラスで寝るよりも乳児の部屋で寝る方を好むこともあるのです。

子どもの主体性を尊重することは、それぞれの子どもの幸せな過ごし方を実現させ、自己が発揮できるようにすることに通じると思います。また、それらのことは、それぞれの子どもの人権を守ることにもなります。所属するクラスの集団が、そのクラスの中だけで過ごさなければならないというのは、一見常識のように思っていますが、じつは偏った考え方かもしれません。豊かな体験のためにも生活空間を広く考えることは大切なことだと思います。

ちなみに職員の態勢にも触れておくと、各クラスの担任がいて、そのクラスの子どものことは担任が一番よく理解しているわけですが、ご存知のように朝の早い時間や夕方の遅い時間は、シフト勤務のために担任以外の先生が保育することもあります。そこで全職員が全ての子どものことを、ある程度知っており、全体でチーム保育をしていることになります。クラス以外の子どもがそこで遊んだり生活していても、その対応に困ることはありません。職員間での意思疎通と情報共有はできているので、子どもの生活や保育計画の連続性に支障をきたすこともはありません。

自己理解が育つような選択と判断

2023/07/12

今年の夏、初めてプールに水を溜めて遊びました。プールの中での遊び方は様々ですが、どの子も楽しく遊べるための目安は、顔に水がかかっても平気かどうかと言うあたりに、基準があります。そこで、水遊びに慣れてくると顔に水がかかっても平気になり、水に顔をつけたり潜ったりできるようになります。水に浮いたり泳いだりできるためには、どうしても、そこに一つのハードルがあるのです。

そこで、四半世紀にわたって当法人がやってきた方法が、そこを基準に遊びを3種類程度にわけて、子どもが選べるようにしてきました。顔に水がかからないように遊ぶグループを「カニ」グループ。潜ったりバシャバシャと水を掛け合ったりできるグループを「イルカ」グループ。その中間ぐらいを「ラッコ」グループとします。カニやラッコやイルカは、子どもにそのイメージが伝わりやすいので、そうしてきました。

すると、子どもたちは「楽しそう」と思う遊びをやりたいので、それに従って選ぶのです。この基準を水との関わり方の「習熟」と捉えることもできるし、バリエーションと捉えることもできますが、それは、その都度、子どもそれぞれが判断する内容は違うものでしょう。その日によって違うグループを選ぶようになるからです。

この選択と判断を繰り返していると、環境との関わり方、つまり、水との付き合い方のバリエーションが増え、結果的に自己理解が進むと考えています。水についてと自分のこと、水との関わり方への理解が深まっていくと同時に、もっとこうしたい、こうでありたいと言う意欲も強くなっていくのです。

また忘れてならないのは、結果的にその都度選ばれて作られるその集団は、年齢別クラスではないので、多様ざまな人間関係を体験することになり、人との関わり方も上手になっていくのです。

今年の保育環境セミナー開かれる

2023/07/11

今週は7月10日の月曜から3日間、保育環境研究所ギビングツリー(藤森平司代表)の研修会が開かれました。初日と3日目は都内周辺の保育園の見学ができるので、全国から160人を超える保育者の方々が参加され、オンライン参加も過去最高益の60施設を超えました。コロナ禍でできなかったことが今年からできるようになり、いい意味で活気が戻りました。

7月9月11月と年3回開かれる「保育環境セミナー」は、今年から3回セットの同じテーマを深めることになりました。今年は人の在り方です。今回は人的環境の中の「子ども同士・異年齢」についてです。次回は「主体性について」、その月が「チーム保育」と続きます。見学のない二日目が研修会で、藤森代表の講演のほか、実践報告、質疑応答(Q&A)の3セッションからなります。

今回は、私が司会進行だったのですが、この分野のテーマは実践が「異年齢交流」「思いやりを育てる」など、保育がパターン化されているきらいがあります。それに引き換え、今回は子ども一人ひとりに焦点を当てることで、多様な関わりが生まれるような「豊かな」人的環境のあり方を探究するものになりました。

親の蝶が若葉を見つける不思議

2023/07/10

きれいな「はらぺこあおむし」を「かわいい!」と言いながら、じっと見つめている子どもたち。

今年2回目の飼育がまた始まった。みかんの実がなりそうだったが、あえて剪定して「若葉」が生えてくるようにした。

すると、よくしたものでアゲハの幼虫が見つかった。

親の蝶はどうやって若葉を見つけるのか不思議だが、幼虫はむしゃむしゃと柔らかい葉をよく食べている。

屋上のひまわりが咲きました

2023/07/09

屋上で育てているひまわりが、今年も「大輪」を見せてくれています。

これで「夏が来たあ!」という感じがします。

 

和泉橋から「よく見えますよ」「見ながらきました」と、親子で笑顔になります。

鈴虫が鳴き始めました

2023/07/08

七夕の7月7日。今朝から保育園では鈴虫が鳴いています。保育園で生まれ育った3代目。子どもたちはどう思ったか、聞きそびれてしまったので、よくわかりませんが、大人のほうは感慨深げ。あさ「風情があっていいですね」と、あるお父さん。まぁ、そういうものかも。^_^

美味しかった七夕のカップゼリー

2023/07/07

七夕会は所どころ、入園見学の方と一緒に見ました。子どもは楽しかったことや面白かったことを再現させたがります。それは実際に「もいっかい」とやることになることもあるのですが、たいていは再現遊びになります。

今日は行事食だったので、いつもよりもちょっと凝ったメニューだったのですが、夕方の自由遊びの時間に、今日のおやつのカップゼリーを制作している子がいました。ブルーハワイ色のゼリーには炭酸も入っていて、食べるとプチプチ弾ける清涼感も味わえました。

そんなときに、「子どもはスキルを学びたがっている!」と強く感じます。こういうのを作りたいというイメージがはっきりしているときに、とくにそうなります。どうやったらカップゼリーが作れるか。その4歳児の女の子は、その味や美しさに心奪われているのでしょう、どうしても作りたいという熱意が伝わってきます。実物と同じ透明なカップに、青いゼリーを入れるのですが、過去にソフトクリームでやったことがあるらしく、テーパータオルをクシャクシャにして丸くすると、青色の折り紙で包み、その丸くなったぜリーをカップに押し込みます。

その上に黄色い紙を星形に切って(そこは私が手伝いましたが)セロテープでくっつけました。ほとんど自分でできたのですが、出来栄えに納得しているようで、うれしそういです。ところが実物の写真とくらべて何か違うと気づきました。白いクリームが抜けていたのです。またすぐに星を外して白い紙の上に載せなおしました。お迎えに来た母親にもその制作物をみせ、展示食ケースに入っている実物を親子でみていました。

私は模倣というのは人間の本質的なところに働く何かだと思うのですが、心動かされた世界と出会い、その魅力をもう一度味わいたいから、言い方を変えればもっとよく知りたいから、再現させているように見えます。それを繰り返しながらさらに、そのことが好きになり、その世界へ入り込みながら、またいろいろな差異に気づき、さらにもっと知りたい、できたいとつながっていくのでしょうね。

絵本の語りが夢の世界へ誘う

2023/07/07

今日はうさぎの二人がいかだを浮かべて海水浴に行く話「ピッキーとポッキーのかいすいよく」から始めたのですが、こちらは、途中でいたずらなタコが出てきて、うさぎの二人やもぐらのふうちゃんを放り投げたり、溺れそうになったふうちゃんも助かって、噴水のように水を噴き出したりするので、おかしくて笑いながら楽しんでいました。

2冊目は子どもの「これがいい」というリクエストから「ねずみのよめいり」だったのですが、「これお家にもある」という年長の女の子は「おしまい」と言って終わると、思ったよりお話は「短かった」そうです。この辺りまでは、お話に熱中していたのですが、3冊目ごろになると、だんだん子どもたちも眠くなってしまったようです。

あれ、静かなエンディングだなあと思っていたら、子どもたちはどうも眠くなってしまいました。わらしべ長者の話を聞いているうちに。そういえば、今日は昼間に水遊びをしたりして疲れていたようです。そういうお話しの聞き方(聞いていないけど・・)もまんざら捨てたもんじゃないと思うのは、昔からおじいさんやおばあさんから聞かされてきた素話も、きっと囲炉裏でも囲んでうつらうつらと、意味もよく分からず、ぼんやりと聞いていたこともあっただろうと思うからです。

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