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園長の日記

加湿と空気清浄の機能を強化へ/今日の「月夜は?」を掲示

2021/11/05

空気清浄機の機能を兼ね備えた「加湿器」を今日、全ての保育室に設置しました。

(1階 ちっち・ぐんぐん)

明後日7日には「立冬」だというのに、幸にして10月のような20度前後の暖かい日が続いています。これからは一雨ごとに寒くなっていくでしょうが、それに併せて空気も乾燥してきます。コロナ対策を考えても窓を開けた換気がしにくくなるので、空気清浄の機能を強化しました。

(2階 にこにこ)

(3階 中央)

(3階 寝室)

話は変わって、今日は月の年齢は「0.3」で新月です。今日から毎日、月が少しずつ上弦の月になっていきます。その月の写真を、1階から2階への階段の袖に毎日掲示していくことにしました。「今日のお月様は、どんな形かな?」と、親子の会話を楽しんでください。

満月から下弦の月へ向かう月には、日本らしい名前がついているのですが、その風情も楽しんでもらえたら、とも思っています。

またチャンスがあれば15日ごろから望遠鏡で上弦の月を観察できたらと思います。

 

お手伝い保育

2021/11/04

年長の子、すいすい組の子たちは好奇心いっぱいでした。新しいことをやるのが楽しかったようです。

今日4日(木)の午前中は「お手伝い保育」でした。年長児10人が3グループに分かれて、ちっち・ぐんぐん、にこにこ、事務室のお手伝いです。「お手伝い保育」は、年長と乳児ぐらい、はっきりと年齢の差がある間で行われます。子ども同士の関係の中には、発達が同じくらいの間で遊んだり過ごしたりする関係と、発達に差がある子どもの間で関わる関係とがあります。

先生がやっていることを、子どもが手伝うという活動には、普段の生活や遊びの中では体験できないことが色々あります。今日、私が事務室でやってもらおうと考えていたのは、芋掘りでとってきた「さつまいも」と「つる」による、オーナメントと、つるによるクリスマス用のリースにするための準備でした。

ところが、子どもたちが3階からお手伝いに降りてくると、Hくんが手に持った袋の中に、お世話になったトンボが入っていました。「埋めてあげたい」というのです。お手伝いは「じゃあ、どこがいいかな」と話し合うことから始まりました。そして決まったのが、駐輪場側の花壇。4人いるので「土を掘る人」「トンボを入れる人」「土をかける人」「応援する人」に分かれていました。

その後、さつまいもやつるをバケツで洗いました。食育活動としての芋洗いとは違い、大きなバケツでいもを洗うので、その作業の一つひとつが、新しい体験になっていきます。

それが終わると、階段に貼ってある「数字」を新しいものに張り替えるという、主任の作業のお手伝い。まずは、古いものを剥がしてもらいました。

その時、剥がした数字のラベルを、「10個ずつ、数字の順番に並べる」という作業に転換します。そうすることで、5、10、15・・という区切りを意識してもらいます。当園の生活の中には「算数のはじまり」が埋め込んであるのですが、これもその一つです。

最後は馬の水飲み場に3人だけ出かけて、30分ほど木登りをして遊びました。さっと行って、さっと帰ってくることができます。少人数だと動きやすい。木登りは10月15日以来、確実に上達してきました。

今のところ、登るルートが2ルート開発されました。園に残った子は、玄関のプランターのお世話です。朝顔はもうすぐ、種の収穫の時期がきそうです。ぐんぐんさんが育てているメロンも、大きくなってきました。

 

文化の日は「共生の喜び」を確認する日

2021/11/03

今日11月3日の文化の日は、文化勲章を授与される日で、長嶋茂雄さんがニュースになっていますが、今年は武田信玄の誕生日でちょうど500年になることを知りました。漢字で書く、この「文化」という言葉を日本人が使うようになったのは、明治からです。外来語の、たぶん英語の culture を「文化」と訳したのでしょうが、 cultureには他にも「栽培」「耕す」という意味もあります。日本語はカタカナでカルチャーと書くとまた別のニュアンスが生まれ、使い分けています。

辞書をひくと、文化とは「人間が後天的に学ぶことができ、集団が創造し継承している認識と実践のゆるやかな体系のこと」と説明されていたり、ネットで検索すると「複数名により構成される社会の中で共有される考え方や価値基準の体系のことである」とされたりしています。また「 簡単にいうと、ある集団が持つ固有の様式ことである」ともあります。

そうなると、私たちが基本的な生活習慣と呼んでいる食事、睡眠、排泄、衣服の脱ぎ着、手洗いやうがいや歯磨き、挨拶なども、全部、文化です。また、ありとあらゆる遊びや活動も文化です。なんでもなくなった今でも、マスクを取ろうとしない日本人の感性とかも文化でしょうか。

子どもは、子ども同士の関係、親や大人との関係の中で、お互いに育ち合っています。事実、私は子どもたちからも保護者のみなさんからも、いまだに育てられてもらっていると感じることがいっぱいあります。子ども同士の関わりは、クラスブログでもよく取り上げられていますが、エプロンをつけたあげたり(つけさせてあげたり)、ズボンを履くのを手伝ったり(手伝わせてあげたり)、しあうのは、「子どもにとって、生活の中の一つ一つの習慣や行為は、その目的を達成するためだけのものではなくて、友だちや大人との関わりの喜びを感じたり、そこから色々なことを学びとったりするための時間でもある」(昨日のぐんぐんブログ)のだとしたら、これこそ、文化的実践と言えるものだと思いました。

どうしてかというと、こうです。文化の辞書的な定義だと「なんでもあり」かのように誤解されがちですが、「文化の日」が醸し出しているものを感じ取ると、また「耕す」とか「栽培」とかの意味もあったことを思い返すと、文化という言葉には、国や地域社会の成り立ちや、それを成り立たせてきた歴史や自然や風土との関係、あるいは今の生活様式に大きな影響を与えてきた、ルーツのような、また私たちが生きる条件のようなものを指し示している、という語感を伴います。

最近は千代田区の保育の歴史を振り返っているのですが、平成20年告示の保育所保育指針の解説書を作っていたときに、色々なアドバイスをいただき、大変お世話になった柴崎正行さん(数年前に亡くなられました)が著した本の中に、こんな言葉があります。「子どもたちは園生活の中で、何をどのように学んでいるか」というテーマで「子どもたちは、保育者や仲間と一緒に園生活を営みながら、実に多くのことを学んでいます。その中には、人として生きていくために、どうしても欠かすことのできない、大事な事柄が含まれているのです」

この大事な事柄とは、こうです。「例えば、他者に自分の思いを伝えることや仲直りをすること、他者を助けることや、できないときには手伝ってもらうことなど」という例を挙げています。NRちゃんがN Lちゃんのズボンを履くのを手伝う姿は、あるいは手伝わせてあげる姿は、「喜びを感じたり、いろいろなことを学びとったりするための時間」だとすると、人としていききていくために、どうしても欠かすことのできないものが含まれているからなのでしょうね。それは一緒に生きること。ともにあるという心を確かめ合っているようにも思えます。

ちょうど今、英スコットランド・グラスゴーでCOP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会議)が開かれています。文化の日は、世界中で未来に向けた共生の日になるといいですね。

 

年長児の体力測定

2021/11/02

年長の5〜6歳の子が25メートルを何秒ぐらいで走ると思いますか?

ソフトボールを投げたらどれくらい投げるでしょう?

立ったまま両足を揃えての幅跳びは何センチ?

両手をテーブルについて自分の体重を何秒支えることができるでしょう?

こんな運動能力を今日、千代田区の方と一緒に測定しました。場所は旧今川中の校庭です。

何をするのか興味津々だった子どもたちですが、やるたびに「すごいね」との褒められながら、限界に挑戦する運動を面白がっていました。

ストップウォッチで測定を手伝っていただいた区の方は、両手で体重を支える力に驚いていました。

 

数秒で終わってしまうことが多いらしいのですが、千代田の子たちは何十秒もやっていて、中には1分を超える子や2分を超える子もいました。

これこそ普段の運動遊びの成果だと思いました。25メートル走も5秒台6秒台が多くて、早いです。

 

ソフトボール投げは、昨年もそうだったのですが、そもそもあまりやっていないので(やれる場所がないことが大きい)、距離はあまり出ません。私はそれはあまり気にしていません。結構、早い球を投げていました。ただ角度が地面に向かってしまったりと、投げる角度がもったいない、というケースが目につきました。ですから、やればできるようになるでしょう。これは基礎体力とはちょっと違って、ある種の技能なので、コツをうかめば、遠くまで投げることができそうでした。

結論は、もちろん個人差はありますが、総じて申し分なし、です。帰りには、馬の水飲み場で木登りをしたりして、園に戻りました。

 

スイートポテトで午後のお茶会

2021/11/01

子どもクッキングは食育活動の一つですが、年間を通じていろいろなことをやってきました。今日は芋掘りで掘ってきたさつまいもで、すいすい組(年長組)がスイートポテトを作りました。

その様子はクラスブログでご覧いただくとして、それを食べている時間の、みんなの幸せそうな顔といったら・・・

いつものおやつタイムが、子どもにたちによる、午後のお茶会のようでした。

 

文化の日に「ダンスのある風景」を〜青山・ののあおやま

2021/11/01

ダンサーで振り付けを教えている青木尚哉さんのダンスグループZer〇が主催するイベントが11月3日の文化の日にあります。

場所は青山です。お近くに機会がある方はどうぞ。

この企画は、青木さんが探求しているダンスと風景の関係。その大胆な実験的な試みと言えるかもしれません。

既存の考えに囚われない発想を、芸術から感じ取ってみませんか。

初めての園開放は6家庭9人

2021/10/31

衆議院選挙の投票日でハロウィーンの今日10月31日、初めての休日の「園児向け保育園開放」を行ったところ、6家庭から園児が9人、保護者9人がいらっしゃいました。親子だけで過ごしてもらったわけですが、子どもたちは好きな遊具をたっぷりと使うことができたようで、満足した様子でした。

平日とは異なり、日曜日の午前中の2時間だけでしたが、のんびりとした時間の中で、ゆったりと過ごしてもらえたようです。またやりたいと思います。

(写真を撮り忘れましたので、冒頭のものは金曜日の給食メニューです)

 

業平小の運動会で青木さんがダンス指導

2021/10/30

東京スカイツリーのすぐそば、墨田区立業平小学校で10月30日に開かれた運動会を見てきました。6年生の3クラスとさくら学級86人による出し物が、ダンサーの青木尚哉さんが指導したダンスだったからです。

演目は「虹色の風を起こせ」。内容は一人で歩くこと、数人が並んで歩くこと、漢字一文字のイメージを数人のグループで表現すること、そして、千代田せいがでもやった「マネキン」などのワークで構成されていました。運動会は校庭で行われたのですが、真っ青な秋空に揺れていたのは6年生が作った傘の作品でした。

ある枠があっても、その中の動き方を自由に作り出すと言う創造性に主眼が置かれていることがわかります。例えば6人が横1列に並んで歩くワークでは、スタートとゴールは並んでいるのですが、途中では誰かが速く走ったり、止まったり、ゆっくり歩いたり、ランダムに動く模様ができます。それをお互いに見ないでゴールを一致させるというものでした。タイミングやスピードを自分たちで考える面白さがあります。

作品のパンフレットによると「まずは動きのアイディアをできるだけ出し合って、そこからより見せたい動きや、場所の使い方、他のグループとのつなぎ方も考え、工夫を重ねてきました」。これを授業で作り上げるまでに、7月に1回、9月に2回、そして10月に8回のワークショップを重ねてきたそうです。

学校とアーティストの橋渡し役を担っているのは、NPO「芸術家と子どもたち」で、「パフォーマンスキッズ・トーキョー」(PKT)という活動を平成20年度から展開しています。その代表の堤康彦さんによると、ダンスや演劇音楽などプロのアーティストを学校や児童福祉施設等に10日間派遣しワークショップを行い、子どもたちが主役のオリジナルの舞台作品をつくります。令和2年度までに都内小、中、特別支援学校156校、文化施設65カ所、児童養護施設33カ所などで実施、約9400人の子どもたちがアーティストとの素敵な出会いを体験しています。千代田区では昌平小学校がダンスで浅井信好さんとのコラボレーションしています。

小さいうちに、芸術家やアーティストと出会う体験は深いところで興味や関心を刺激します。乳幼児の体験の中にアートとサイエンスを、増やしていきたいものです。

 

子どもたちに、語る・聞く・討論するという体験を

2021/10/29

 

園だより11月号 巻頭言より

開園して3年目を迎えた当園は、今年度が一つの節目だと考えています。改めて初心に戻って保育の眼差しの質を高めなければなりません。十年一昔と言われた時代が昔あったのですが、現代は3年が昔の10年に当たるくらい、劇的なスピードで社会が変動しています。しかも取り返しのつかない地球規模の危機が迫っている中での1年ずつなので、組織としての強烈な意思が不可欠です。常にビジョンを更新しながら歩むことが必要な時代に突入しているのです。子どもたちが迎えることになる近未来を思い描くことは、大人の想像力、人権感覚が強く問われる時代です。それが今(いま)なのでしょう。

でも、日本で生活していると、私も含めてその危機感が希薄なのかもしれません。たとえばカーボンニュートラルに向けた再生可能エネルギー比率で、びっくりするほど高い目標値を掲げ、産業構造のパラダイムシフトを強力に引き起こしているヨーロッパ諸国の事例を見ていると、日本は大丈夫か?と心配になります。「日本は10年遅れをとった」(齋藤幸平)とすると、現代の10年は致命的かもしれません。

「21世紀型の市民が育つ出会いの場へ」。こんなテーマで汐見稔幸・東大名誉教授がこう述べています。「赤ちゃんの時からの市民教育を丁寧に」と題して「環境の変化によって21世紀型の地球市民の育成が課題となってきますが、その成果は、乳児期からの丁寧な人格尊重、アタッチメント体験、協働体験、文化体験等の保育・教育によってこそ大きくなります。特に子どもたちに、語る・聞く・討論するという体験を丁寧に保証することが大事でしょう。やがて具体化する義務教育の低年齢化の内実を丹念に作っていくことこそだが大事な課題になります」と(フレーベル館『保育ナビ』11月号)。

また続けてこうも述べています。私は全く同感です。「専門性のある人が自由に出入りし子どもたちに『本物の文化』を提供」と題して、「保育は、自ら育とうとする者を育てる営みですが、子どもたちが自ら育とうとなるきっかけのなかで大事なのは、子どもたちの深い興味・関心を誘発する本物の文化との出会いです。保育者が用意するものだけでなく、料理、栽培、制作、あるいは絵画制作、踊り、演奏、音楽、スポーツなどの一定の専門性を持った人との出会いが、子どもたちの予期せぬ興味・関心を深く引き出します。逆に子どもを通じて文化の本物性とは何かが学べます」というのです。

この保育のビジョンは当園のものと一致します。真性の文化への参加者、地球市民を育てるための保育はどうあるべきか。OECDはそこに焦点を当てています。そのビジョンは「世界は生き残れるのか」というグローバルな危機感と響き合っています。このビジョンについて、みなさんと語り合いたいですね。

お芋掘り(年長のみ)

2021/10/28

昨日よりも6度高い23度まで上がった秋晴れの今日28日(木)、年長組(すいすい)10人が芋掘りにバスで出かけました。

行き先は京王線若葉台駅からすぐの場所にある「黒川東農園」です。

今回で3回目になります(昨年は10月2日、一昨年は10月4日の「園長の日記」をご覧ください)が、今年は3週間ほど遅らせたので、ちょっとお芋も大きかった気がします。

大型バスが6台もきていて「今年一番多い日」だったそうです。

芋掘りの面白さは、手で掘ると大きな芋が顔を出してくることでしょう。蔓(つる)の下をどんどん掘っていくと、だんだん全容が明らかになっていきます。意外性もあって、細いと思っていたら、予想外に太くなったり、一つかと思うと、いくつもの芋が連なっていたりして「わあ、みて、これ!」と驚きの声もあがっていました。

掘り出すと、誇らしげに盛り上げてみせれくれます。一人ふた株を用意したのですが、掘り終わると物足りなさそうにもっと埋まっていないかと、探していました。

記念写真を撮って、お弁当タイム。芋畑からすぐのところにある公園で、みなさんに用意していただいたお弁当を広げてみんな一緒に食べました。

畑に着く前から「お腹減ったあ」「早くお弁当食べたい」と言っていた子もいたほど、お弁当は待ち遠しかったみたいです。その時間になるとみんな「早く食べたい!」と待ちきれないような様子で、いつものように「用意はいいですか」「いいですよ」「それではみなさん、ご一緒に、いただきます」と挨拶してから食べました。

食後はその公園で1時間半ほど遊びました。坂があるので、持っていった段ボールの草スキー板が大活躍でした。どの子も初めてだったみたいで、うまく滑り降りるバランスや格好を覚えると、何度も何度も繰り返していました。3枚あった板は、最後はくにゃくにゃになるほど、使い切った感じです。遊びの後半は、自然と鬼ごっこが始まり、助け鬼などをして遊びました。

全身、どろんこ、真っ黒け〜。の子もいて、先生が「洗濯が大変になっちゃうな」と親御さんを心配していたので、私が「子どもの服が真っ黒になって帰ってきたら、基本、喜んでくれるはずだよ」と言いました。・・・と思いたい。・・・ですよね。ちなみに、昨日の「ぐんぐん」のブログも併せてお読みください。私たち保育者目線の願いを込めております。

かなりの運動量だったので、帰りのバスの中は、10分もしないうちに、ほとんどの子がぐっすり寝ていました。

雲一つない快晴のもと、車窓からは富士山もくっきりと見ることができました。

天体望遠鏡で秋のお月様(上弦の月)を観察する機会は、毎年9月10月と2回あるのですが、この秋は、私の都合も合わず、また天候が悪くてお迎えの時間帯に見ることができませんでした。

でも今日は下弦の月がバスについてくるように、青空の中で輝いていました。Sくんが「お月様がついてくるよ」と不思議そうでした。こんなにはっきりと日中のお月様が観察できるのも珍しいものでした。

 

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