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STEM保育(保育アーカイブ)

第1回乳幼児STEM保育研修会

2021/11/15

次の「分数の足し算」について、皆さんはどう考えますか。問題は「2分の1」たす「3分の1」です。小学生は分母と分子を足して「5分の2」と答えることがあります。2打数1安打と、3打数1安打だった選手は5打数2安打だから、というのです。一瞬、騙されませんか? 面白いでしょ。分数の足し算という概念を理解することは、実は結構、難しいんです。大人「通分」という記号操作を覚えていてるだけで、分数同士を「たす」というのは、本来、どういう意味なのか、わかっていないような気がします。実は「たす」には多様な意味があるのであって、ある限定的な意味になっていることを理解していません。

こんなエピソード満載の講演が昨日15日(月)に東京・三軒茶屋の昭和女子大学でありました。講師は秋山仁・東京理科大学数学教育センター長です。15日(月)の、第1回乳幼児STEM保育研修会でのことです。開催したのは、藤森先生がこのほど立ち上げた一般社団法人幼児STEM保育研究会(藤森平司理事長)です。藤森先生もこんな事例を紹介しました。小学校教員時代の話です。「倉庫の四隅にわらの山があります。一つの山、2つの山、3つの山、4つの山があります。わらを全部たすといくつの山になるでしょう?」答えは、10の山と答えがちですが、正解は「一山になる」です。これはトンチクイズみたいですが、「たす」という言葉の意味がいかに多義的かということでもあります。

分数同士をたすことは、あくまでも「量」を足しているので、小数どうしの足し算で表せば、勘違いはおきません。0.50+0.33=0.83だと答えるでしょう。ところが「2分の1」たす「3分の1」となると、「割合どうしを足すこと」という意味が生じ、割合の平均を求めることを「たす」ことと混同してしまうのです。野球の打率を出しているのは、母数と子数どうしをたすと平均を求めることになりますよね。

小学生はこの二つの違いを理解することが難しくて、丸い図を書いて「量の足し算」であることを理解します。あるいは「通分」という方法で、正解が導かれるということに「慣れていく」ことになります。ここの違いが、数学が暗記にすり替わる分かれ道になります。この別れ道は、数学だけではなく、科学、技術、エンジニアリングにも見られるのでしょう。秋山さんは「暗記でできることは、数学の本質と関係がない」と言います。

ここまでは小学生以上の話ですが、では乳幼児にとってのSTEM保育のポイントは、なんでしょうか。面白かったのは、秋山さんも私たちの結論と同じだったことです。いわゆる非認知的能力の方で、心動かされる体験や、意欲や好奇心・探究心、思いやりや協調性、諦めない力や最後までやり遂げる力などです。これらの力はスキルなので、教育によって育つもの、身につけることができるものです。ではどうやって、育つかというと、その方法も私たちと同じ考えでした。暖かい愛情や大人の応答性、没頭して遊び込んだり子ども同士の関わりの中で育つのです。この心情・意欲・態度が育つことで、STEMマインドも身につくという構造は、全く同じ話でした。

秋山さんの話の後、午後は河村康文・東京理科大学教授と藤森理事長との対談でした。藤森先生からは数学の面白さを小学生にどう伝えたかという実践事例、川村先生からは理科や科学の歴史についも話があり「科学というのは発見と発明の歴史です」という指摘に、テクノロジーやエンジニアリングの側面が理解できました。

加湿と空気清浄の機能を強化へ/今日の「月夜は?」を掲示

2021/11/05

空気清浄機の機能を兼ね備えた「加湿器」を今日、全ての保育室に設置しました。

(1階 ちっち・ぐんぐん)

明後日7日には「立冬」だというのに、幸にして10月のような20度前後の暖かい日が続いています。これからは一雨ごとに寒くなっていくでしょうが、それに併せて空気も乾燥してきます。コロナ対策を考えても窓を開けた換気がしにくくなるので、空気清浄の機能を強化しました。

(2階 にこにこ)

(3階 中央)

(3階 寝室)

話は変わって、今日は月の年齢は「0.3」で新月です。今日から毎日、月が少しずつ上弦の月になっていきます。その月の写真を、1階から2階への階段の袖に毎日掲示していくことにしました。「今日のお月様は、どんな形かな?」と、親子の会話を楽しんでください。

満月から下弦の月へ向かう月には、日本らしい名前がついているのですが、その風情も楽しんでもらえたら、とも思っています。

またチャンスがあれば15日ごろから望遠鏡で上弦の月を観察できたらと思います。

 

「バイバ〜イ いいところで暮らしてね」

2021/09/22

さて、この写真、子どもたちは何をしていると思われますか。

「バイバイ、いいところで暮らしてね」

「お花の蜜、たっぷりある場所のお花で暮らしてね」

「カラスに食べられないようにね」

「また遊びにきてね」

「海に溺れないように」

子どもたちは口々に、こんな言葉をかけていました。そうなんです。今日は朝早く、アゲハがサナギから孵化(じゃなくて羽化でした)して蝶になったのです。

そして3階のベランダから、自然に返してあげているところです。

私のスマホに一人ひとりの発言がはっきりと録音されているのですが、面白ことに気づきました。

こんなに多くの子どもたちがいて、何かを自由にしゃべっていいという状況になると、大抵はそれぞれがしゃべり始めて、声が重なってしまうことが多いのですが、この時ばかりは、そうなりませんでした。それはまるで、劇のセリフを順番にいう時のように、それぞれの発言を他の子どもたちが、しっかりと聞いているかのようでした。

そうなったのは、一つには、ベランダのネットにじっととまっているアゲハが、いつ飛び立つんだろうと、じっと見つめていたからかもしれません。固唾を飲んで見守っていたからです。

みかんの木に卵を見つけたのが9月2日。それから20日で蝶になりました。

人間に例えるなら二十歳で成人したわけで、蝶の1日は、人の1年にあたります。この間、ずっと毎日のように観察を続けてきた子どもたちだからこそ、冒頭のような言葉が次々と浮かんできたのでしょう。

・・・気持ちの優しい、子どもたちです。

体験を表現して共有したい

2021/09/19

根が出たメロンの種が育つかどうかや、水をかけたら黒くなるか「やってみないと、わからない」ことを、子どもと一緒に試してみるのは、大人も楽しい。種も水も自然界の話ですから、そこには一定の理(ことわり)、法則、因果関係が見つかるものなのですが、いかにも「自然科学」とか学校の「理科」につながっていく傾向を見つけることができます。身の回りの「物質」や「生き物」には、そうした特徴を見出すことができます。対象についての「知」です。

確かに、保育は対象そのものの特性に気づくということも「保育内容」(特に領域「環境」など)にあるのですが、日本の保育内容は、それを「子どもの姿」で捉えることになっているのです。面白いと思いませんか? メロンの根が出たね、今度はどうなるかな。早く芽が出るといいね。・・・ここには「メロンの種についての知識」を得ることが保育内容になっていない、のです。

子どもたちは、メロンの種を見て、触り、土にそっと大事に埋めてみて、水をかけて、「どうなるかなあ」「芽が出てくるかなあ」って、感触を味わったり、生き物に気にかけてあげること、そんなことに何かを「気づき、感じ、試したりすること」の姿があるようにしましょうね、ということが保育所保育指針や幼稚園教育要領の保育内容なのです。

(うちわ話ですが、これが乳幼児の「考える」姿だというように捉えています。なので子どもの「思考力」の育ちは、領域「言葉」ではなく、領域「環境」に位置付いているのです。)

アゲハの幼虫が今、また蛹になっていますが、もうすぐ蝶になります。これに「驚くこと」や「不思議がること」や、「面白い、やってみたい」と子どもの興味や意欲が動くのです。子どもの情動的知性が働くことが大事だからです。生き物の飼育がいい経験になるのは、ある程度の時間がかかり、その繰り返される観察と餌やり、水やりなどの「お世話」が生まれるプロジェクト型の活動になっているからでしょう。

さらに、本当はもっと大事なのは、それを見守る大人側の方が、本気で「驚くこと」「不思議がること」「面白い」とおもうこと、なのでしょう。研修でレッジョのDVDを見て、「先生たちが楽しそうだった」という感想を持った先生がいたのですが、私たち保育者が大事にしている色々なキーワードの一つが「センス・オブ・ワンダー」(レイチェル・カーソン)でもあり、それは保育者の専門性として持ち続けたい資質です。

レッジョから学ぶとすると、この子どもの心の動きを、ここから、絵にしたり、粘土で造形したり、ダンスにしたりします。20年前の映像でも「古典的な道具である粘土や針金だけでなく、パソコンで絵を描いたり、プロジェクターで光を当てること」などをしていたのですが、今なら多分、最新のテクノロジーも使いこなしながら、子どもの内面を外に表す遊びをするのです。それをまた共有し合います。アート表現が他の子どもたちや大人たちと生まれるコニュケーションの「道具」に位置付けているのです。さらに大きな価値の創造のために。当園での例でいうと、はらぺこあおむしの歌を歌ったり、ペープサートや劇にしたりしていることと同じです。一年目のお楽しみ会で、その世界を親子で親しんだことが子ども文化のコミュニティ作りになると確信しているからです。

自然界の営みを知ることが「知」なら、そこへ向かうだけではなく、子どもが受け取る内面の体験を、再現遊びや表現としてのアート(=アルス=手や体を通した技)にすることも保育なのです。「自然界」と「人間界」が「子どもの内面を外の表すこと」でつながるのです。自然科学と文化的活動を繋げているものが「人間の内面の躍動」なのだと思います。それが小学校以降の学習や生活につながっていくのです。

咲いた朝顔の花

2021/08/12

子どもたちが種から育てた「朝顔」が玄関で咲きました。

先生に抱っこしてもらって、花の中を覗き込むと・・・

「オシベみたいなのが、4つあった」「キラキラしてた」

すいすい(年長)ともなると、雄蕊って言葉を知っているんですね。

ほんとに綺麗でした。

春に植えた稲も穂が実っています。

玄関周りの緑には、すいすいの子たちが、毎日のように水やりを続けてきました。

 

お手伝いが大好きなすいすい組のお世話のおかげで、さいた朝顔。

いろいろなことを伝え合い、話し合う姿が頼もしいすいすい組の子どもたち。

最近のすいすいさんの成長ぶりを表しているかのようです。

イ・ローヌさんが誕生会をお祝いに

2021/07/29

今日は7月生まれ4人の子どもたちの誕生をお祝いしました。乳児は今月は3人(1人はお休みだったので別の日に祝います)で、年長の女子が一人でした。

毎月の誕生会は、感染症対策もあり各クラスで行っています。ご存知のように、登園は子ども同士の関係や対話を大切にしているので、誕生会でも子ども同士のやりとりがある「質問タイム」があります。

お祝いをするお友だちのことをよく知ろう、という意味で「好きな食べ物はなんですか?」「好きなおもちゃはなんですか?」などと、尋ねられています。年長のMさんのそれは「 メロン」や「制作遊び」でした。

お祝いの歌をみんなでうたい、先生たちの手作りの色紙や顔写真入りのバッチなどのプレゼントを贈ります。すると今日の誕生会の進行を担当していた小林先生に電話がかかってきて、お客さんがくる事になりました。小林先生のお友達でした。サプライズです。小林先生曰く「誕生会をお祝いしてくれるそうだよ。恥ずかしがり屋だから、優しく接してあげてください」と。みんな「はーい」と、ウキウキしてました。

さて、その人が登場すると、子どもたちはその風貌に興味津々。にこにこ組(2歳)のN Mちゃんは、怖がって、そそくさと山口先生の膝の上に逃げます。名前はイ・ローヌという変わった名前で、年齢も性別も国籍もわかりません。変わった趣味の持ち主で、赤、青、黄の三原色の色水を混ぜたりして「これとこれを混ぜてみたら、どうなるかしら〜」と、メガネを指でつまんでヒクヒクさせながら、子どもたちに尋ねます。

色水実験は、ムラサキキャベツでできた色水と、食器洗い用の洗剤、手洗い石鹸、酢など混ぜてみると、赤くなったり、青くなったり「あら〜、不思議ねえ、ほ〜ら、色、かわったわねえ」と満足そうでした(笑)。みんなも、実験してみてね〜。やりた〜い!。幼児の実験心に火がついたようです。イ・ローヌさん、ありがとう。「また、きてねえ〜」

誕生会の日は、誕生児がフラワーアレンジメントもします。その様子は、それぞれのクラスのブログをどうぞご覧ください。

コロナが始まって、ますます、その意味が深まっている花の美しさ。それぞれは「世界で一つだけの花」ですが、組み合わせると、もっとそれぞれが輝き始めるんです。その体験がフラワーアレンジメント。子どもたちの世界と似ていますね。もちろん、色遊び、色との出会いの実験がこれと絡んでいそうです。

身近な環境を生活に取り入れる

2021/07/26

自分たちで作ったもので部屋を飾ること。大人になると、買ってきたものを飾ることが多くなるような気がしますが、子どもの頃から、何かの材料を変化させて、あるまとまった形にしていき、あるところで何かが「できた!」と「完成」するというのは、どんなことなのでしょうか。

ブロックや積み木は完成すると、一旦壊してなくなります。大抵は毎週金曜日にそうしているのですが、制作ゾーンで作ったものは、部屋に飾ったり、持って帰ったり、別の遊びで使ったりと、生活の中に取り込まれていきます。

ちなみに教育の五領域「環境」のねらいは「周囲の様々な環境に好奇心や探究心をもって関わり、それらを生活に取り入れていこうとする力を養う」となっています。

どのように生活に取り入れていくのでしょうか。生物なら観察したり、飼育したり、栽培したり、料理に使ったり。物ならちぎったり、切ったり、折ったり、貼ったり、繋いだり、色をつけたり、あるいは膨らませたり。

こうしたことをやりながら、ある物へ加工していく、造形していくことで、最後は何かに使える道具だったり、装飾物だったり、遊具だったり、集めるものだったりします。

今日はらんらんのSさんが家から石を持ってきてくれました。1階玄関の水槽で漂っている海藻が、底で繋ぎ止めておくために「石が欲しいなあ」と話したら、早速持ってきてくれたのです。さて、これをどう使うか。こんなこと、私たちの生活の中に、色々ありますよね。

私は何か材料を探すときに、100円ショップに立ち寄ります。これ何かに使えないかな?とよく考えることがあります。それと似たような思考は、様々な身近な環境の中らか何かを選んで、収納のインテリアを考えたりするときと似ています。

子ども達の「できた!」の世界は色々ありそうです。アートになったり、エンジニアリングになったり、何かのつもりや再現が、今度は他人から見られて「すごい!」や「面白い!」や「きれい!」になるように作ってみる意識も芽生えてきているように感じます。

 

いろんな形

2021/07/15

縦7本、横11で合計77本の棒が立っているボードに、輪ゴムをひっかけて形を作って遊びます。四角や三角などのいろんな形。どんなことを考えながら、やっているんでしょう?

これは、家や車のようにも見えます。やってみているうちに、その形から何かを思いつきたりすることでしょう。

「また、できたよ」とHちゃんが見せてくれました。

今度は三角が6個と四角が4個。三角の向かい合い方が違います。

形そのものを作っているのですが、違う並び方にしてみくたくなったのでしょうか。こんな法則性や決まり、対称性等の抽象的な図形の性質に関心が持てるのが年長さんらしい。

直線でできる形のいろいろ。

長い輪ゴムから長い紐に変えてみたり、一筆書きを作り始めたり、迷路を作ったりと、色々な発想が生まれる図形遊びです。これから、どんな形が生まれるか楽しみです。

 

今週の「ちょっといい話」

2021/07/10

月曜日。梅雨の長雨で被害を被られた方々は本当にお気の毒でお見舞い申し上げます。その梅雨のせいなのか、神田川側のベランダにカニがお目見え、一旦は玄関の水槽を用意したのですが、狭いところは嫌なのか出ていってしまいました。初めてカニを見た乳児もいました。また来てくれるでしょうか。

屋上のひまわりが咲きました。

和泉橋からよく見えます。このひまわり、昨年咲いたひまわりの種から育ちました。神宮司さんが、せっせと世話してくれたものです。ちょっとした清涼剤ですよね。

カブトムシくんたちも、子どもたちに大事なことを(身お挺して)プレゼントしてくれています。

私だって触れるも〜ん。(左指にご注目^_^)

季節感のある保育園にするには、生き物たちが教えてれてくる季節が一番ですね。

火曜日。アキバ分室の子育てひろば担当の松本さんが来園。永持さんの睡眠講座、アキバ分室でも開くことになりそうです。

子どもたちが作った色とりどり「風鈴」は、いろんなアート技法が取り入れられていて、和みます。

それを見つめてくださっていた親御さんたち。叶えてあげたいなあと寄り添う大人の優しさを感じました。

水曜日。7日の七夕では、笹の葉に願い事がいろいろ。幼な子の思い、きらきらと宝物のようにゆらめいて輝いていました。

絵本タイムは、『としょかんライオン』を読んであげました。

最後の「走ってはいけません」が、どう届くかな?と思ったのですが、子どもなりにウィットが理解できるようになってきたかもしれません。

木曜日。夏の水開きの日でしたが、屋上の野菜もどんどん大きくなっています。

「これな〜に」の指の先には、なす、きゅうり、すいかの花が咲いていました。

(ナスの花)

(キュウリの花)

スイカもぐんぐん大きくなってきました。

園で育てたものではありませんが、とうもろこしの皮むきを楽しんでいる様子は、クラスのブログでご覧ください。

金曜日。林修(はやし・しゅう)さんの作品「チェンソー」が玄関に展示されました。

海老原商店で展示されたものです。扉の廃材がアート作品に生まれ変わったものです。

子どもたちにも「美」の思い込みを揺さぶる「じわじわ効果」があると、いいな。

土曜日。今年1番の暑さ。東京ビエンナーレ開催。園児のMKさんと一緒に尋ねてきました。

詳しくはまたレポートします。

賞状を玄関に展示しました。6月に発表した、東京都社会福祉協議会保育部会の研究大会への貢献です。

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